【松戸市視覚障害者協会「見えない」からこそ見えてくる、松戸の温かいコミュニティ】
お盆が過ぎても厳しい暑さが続いていますね。
なぜ活動範囲を狭めたのか。それは、7年前の手術ミスによる左目の失明と、その後発症した右目の緑内障で、視覚障害者となったからです。
かつては車の運転もでき、仕事で全国を飛び回る毎日でした。しかし、白杖を使って歩くようになった今、新しいクライアント様の元へ一人で行くことは困難です。同行援護(ガイドヘルパー)の方に何度も同行してもらい、道順や交通機関を徹底的に頭に入れて、ようやく単独で動けるようになります。
行政から派遣される同行援護サービスは、仕事や学校に行く目的では現状利用できません。そのため、私は自分の費用で同行援護を雇い、仕事に励んでいます。視覚からの情報が8割を占めると言われる中、移動にも困難が伴うようになりました。
しかし、東葛地域は私が幼い頃に育った街です。頭の中に地理が入っているので、白杖でも動きやすいと考えました。
忙しい仕事の傍ら、私は同じ視覚障害当事者の問題を知るために、松戸市視覚障害者協会に入会しました。電車にホームドアや点字ブロック、交差点の音声信号があれば、視覚障害者はとても安心して行動できます。私が都心部に住んでいた頃は、税収も多い東京の都心部はこうしたバリアフリー化が比較的整備されていました。50万都市の松戸市も、まだまだ改善の余地はありますが、障害福祉に対する意識や今後の改善計画は、他の市町村に比べ非常に優れています。
そんな障害者が住みやすい松戸市だからこそ、私の会社アイズルームと松戸市視覚障害者協会が連携して、障害者がいきいきと暮らせるまちづくりを進めていきたいと考えています。
松戸市視覚障害者協会の会長は、とてもパワフルな女性です。カラオケは演歌歌手並みに上手く、目が見えないため歌詞はすべて丸暗記しています。ドラえもんのように、リクエストすればどんな歌でも出てきます(笑)。会合の前には必ず出席確認の電話があり、終わればお礼の連絡が入るなど、連絡はアナログな電話ですが、その一つひとつに思いやりと優しさを感じます。
私は40年間社長業をしており、自分から声をかけることがほとんどでしたが、還暦で障害者となり、周りからのサポートを受ける立場になりました。70代後半の会長は、私より一回り以上年上ですが、ガイドヘルパーを連れて快調にみんなの前を歩いています。
そして先日、社会福祉協議会から派遣されたボランティアガイドヘルパーの方にも出会いました。私より少し年上の男性で、コンピューター関連の仕事を定年までされていた方です。私も元々はソフトハウス出身なので、仕事の話で意気投合しました。温厚で人格者で、障害者に対する特別な思いからボランティアを始めたそうです。
松戸市視覚障害者協会に入会したからこそ、パワフルな会長や、素晴らしいボランティアガイドヘルパーの方々と出会うことができました。
視覚に障害を持つと、どうしても行動が制限され、自宅に引きこもりがちになります。もしあなたが視覚に障害を持つなら、ぜひ松戸市視覚障害者協会に入会し、パワフルな会長と私に会いに来てください。会長も私も、人の心を動かすだけの経験と年齢を重ねています。
入会を希望される方は、こちらをタップしてアイズルームまでお問い合わせください。まずは行動してみること。就労支援や居住支援のサポートもしています。何か一歩を踏み出すきっかけが、きっと見つかるはずです。