【高校野球、そのあり方を問い直す時】
主催する高野連や新聞社にとって、高校野球は巨大なビジネスに成長しました。甲子園という大舞台は、多くの観客とテレビ視聴者を集め、莫大な収益を生み出しています。しかし、その一方で、高校生たちは「金儲けの種」として消費されているかのように見えてしまう現状があります。
他の部活動に目を向ければ、全国大会がテレビ中継されることは稀で、学校全体で応援するという文化も野球ほどではありません。高校野球だけが持つ「特別な状況」は、純粋な学生スポーツという本来のあり方からかけ離れてしまっているのではないでしょうか。
学生ファーストのスポーツへ
現在の高校野球が抱える問題は多岐にわたります。最も深刻なのは、選手の身体への負担です。特に甲子園では、短い期間に一人の投手が何百球も投げるケースが後を絶ちません。将来ある若者の肩を壊すような過酷な環境は、見直されるべきです。
また、行き過ぎた上下関係や軍隊のような教育も、現代の価値観とは相容れないものです。多様性が尊重される今の時代に、画一的な丸刈りを強制する風潮も、再考の余地があるでしょう。選手たちは、もっと自由に、もっと楽しんで野球をプレーする権利があるはずです。
野球は、学業と共に技術を磨き、その中から将来プロを目指す選手が出てくるような、健全な環境で行われるべきです。甲子園は人生の全てではありません。高校野球には、野球の技術だけでなく、人間として大切なこと、例えばチームワークや諦めない心、仲間との友情を育む場であってほしいのです。
意識改革から始まる未来
この問題の解決には、指導者の意識改革が不可欠です。監督やコーチが、勝利至上主義から脱却し、選手の心身の健全な成長を第一に考えるようになること。これが、高校野球が本来の姿を取り戻すための第一歩です。
私たち大人は、過度に高校野球に期待するのではなく、彼らがのびのびとプレーできる環境を整える責任があります。甲子園だけがゴールではない。高校生たちが野球を通して、もっと多くの大切なものを得られるように。それが、私たちの切なる願いです。