アイズルームは、障害福祉をテーマとしたブログ記事を毎日配信しています

障害者・難病患者・高齢者・貧困世帯の居住支援と就労支援を、主な事業の柱にしております。

私自身は重度視覚障害者で、今年は腎結石で3回手術をし入退院を繰り返しました。ようやく右側の腎臓からは石が取り除け、次は左の腎臓の石をどうするかという段階です。

仕事の方は、体の体調を整えながらクライアントに迷惑がかからないように計画的に進めています。

お盆休みも最終日を迎え、明日から仕事という方も多いのではないでしょうか。
私は重度視覚障害を持ち、自身の体調とも向き合いながら事業を継続していく中で、日々様々なことを考えさせられます。特に、お盆の時期は「生」と「死」について深く考えさせられる機会となります。

日本は世界でも有数の経済大国である一方、毎年多くの方が自ら命を絶つという悲しい現実があります。この日本の自殺の現状について、まずは見ていきましょう。

日本の自殺の現状
日本における自殺者数は、近年減少傾向にあったものの、2020年以降、特に若年層や女性を中心に増加に転じています。2023年の国内の自殺者数は2万1,818人でした。これは、新型コロナウイルスの感染拡大や物価高騰など、社会経済情勢の変化が影響していると考えられています。

2023年の自殺者数の内訳:

男性: 1万4,699人

女性: 7,119人

年代別の状況:

10代: 513人

20代: 2,829人

30代: 3,119人

40代: 3,363人

50代: 3,747人

60代: 2,746人

70代以上: 5,479人

自殺の原因・動機としては、健康問題が最も多く、次いで経済・生活問題、家庭問題などが挙げられます。多くの方が、耐え難い苦しみや孤独感の中で、生きる希望を見失ってしまっているのが現状です。

私も、障害や病気、事業の失敗など、人生の様々な局面で「死」を意識した経験があります。周りの人たちに話を聞いてみたところ、約8割もの人が何らかの形で自殺を考えたことがあると答えました。これは、日本社会に潜在する生きづらさの表れではないかと感じています。

自殺は、遺された家族や友人、そして社会全体に深い悲しみと影響を与えます。だからこそ、多くの苦しみを抱える人々にとって、尊厳ある最期の選択肢として「安楽死」を認めるべきではないか、という議論がなされることがあります。

海外の安楽死事情と日本との違い
現在、世界には安楽死や医師幇助自殺を法的に認めている国や地域が複数存在します。これらの制度は国や地域によって詳細が異なりますが、その背景には「自己決定権」や「人間の尊厳」といった普遍的な価値観があります。

安楽死と医師幇助自殺の違い
安楽死: 医師が薬物を投与するなどして、患者の死をもたらす行為。

医師幇助自殺: 患者自身が薬物を服用するなどして、自らの死を招く行為。医師は薬物の準備や情報提供を行うが、最終的な行為は患者自身が行います。

海外の主な事例
オランダ、ベルギー、ルクセンブルク: これら3か国は、安楽死と医師幇助自殺の両方を認めています。オランダでは、精神的な苦痛も安楽死の対象となり得ます。

スイス: 医師幇助自殺を認めています。特に、「ディグニタス」という団体が有名で、スイス国内の居住者に限らず、外国人にもこの制度を利用する道が開かれています。

カナダ: 2016年に「医療的扶助による死(MAID)」を合法化しました。当初は末期患者に限られていましたが、2021年には末期でない重篤な患者にも適用範囲が拡大されました。

アメリカ: 一部の州(オレゴン州、ワシントン州など)で医師幇助自殺が合法化されています。

日本との違い
日本では、安楽死も医師幇助自殺も法律で明確には認められていません。これらの行為は、嘱託殺人罪や自殺幇助罪に問われる可能性があります。

過去の判例では、特定の条件下でのみ、医師の行為が「違法性のない安楽死」として認められた例がわずかにありますが、これはあくまで個別の事案に対する判断であり、法的な制度として確立されているわけではありません。

この背景には、「生命の尊厳」という考え方があります。日本の法制度や倫理観は、「生命は他人の手によって奪われるべきではない」という考え方を強く持っています。そのため、海外で認められているような、本人の意思による死の選択を法的に認めることには、依然として強い抵抗感があります。

しかし、海外では末期がんや難病などで激しい苦痛に苦しみ、治療の効果が見込めない患者が、自らの意思で尊厳ある最期を選択する道が用意されています。これは、個人の自己決定権を尊重するという観点から、日本でも真剣に議論されるべきテーマではないでしょうか。

痛みや苦しみを抱え、先が見えない状況にある当事者だからこそ理解できる辛さがあります。私は、自殺という悲劇的な選択ではなく、ある一定の条件を満たした上で、本人の意思によって安楽死を選択できる道が、人間の尊厳を守るために許されても良いのではないか、と考えています。

これは、決して安易な道ではありません。しかし、タブー視するのではなく、当事者の声に耳を傾け、社会全体で議論していくことが重要ではないでしょうか。

このブログを読んでくださった皆様は、この問題についてどのように考えられますか?ぜひ、こちらをタップしてご意見をお聞かせください。