【視覚障害者の苦悩と葛藤、それでも前を向く】
幼い頃に父親が失踪し、母子家庭で育ったため、学費や生活費を稼ぐ必要があり、アルバイトをしながら公立高校を卒業。
進学を諦め、地元の町工場に就職しました。
肉体労働の鉄工部で、休憩も惜しんでがむしゃらに働きながら、夜は独学でプログラミングを習得。
その後、ソフトハウスに転職し、20歳で起業しました。
ベンチャー企業の社長から売上1,000億円近くの企業の役員まで、様々な会社の経営に携わりましたが、成功よりも失敗の方が多かったように思います。
そして7年前、視覚障害者となり、還暦を迎えた今年は、失明に近い状態です。
社会の壁と生きづらさ
現在は、事前のトレーニングがなければ、新しい場所へ一人で行くことができません。
パソコンやスマートフォンの基本的な操作は、音声読み上げでなんとかこなせますが、不具合が起きると、自分だけではどうすることもできず、他人の助けが必要です。
IT化やロボット化が進む現代社会は、私のような視覚障害者にとっては不便さも少なくありません。
無人決済レジや液晶の注文パネルは、目が見えない私には使うことが難しく、買い物や食事にも苦労します。
役所や病院の手続きも、書類が多く、同行援護なしでは対応が困難な場面が多々あります。
本当は一人で何でもこなしたい。
しかし、人に頼らなければ生きられない自分が、歯がゆく、情けないと感じることもあります。
ある時、コンビニで買い物をしていると、私が商品を選ぶのに時間がかかっていたため、「邪魔だ」と怒鳴られました。
また、白杖をついて信号を渡っていた際には、杖が誤って人に当たってしまい、「危ないじゃないか」と怒鳴られたこともあります。
もちろん、優しく手を差し伸べてくれる人もいますが、心ない言葉を投げかけられることも少なくありません。
私は、誰かに迷惑をかけてしまうことへの申し訳なさから、怒ることを忘れてしまいました。
周囲に同調し、自分を殺してでも生き抜いていかなければならない。
それが、今の私の偽らざる気持ちです。

障害者福祉にかける思い
このような社会を変えたい。
その思いから、私は障害福祉に特化した会社を経営しています。
障害者が生きづらさを感じることなく、自分らしく生きられる社会の実現を目指して、日々活動を続けています。