​令和の元旦、いつも通りの静かな朝を迎えた。
膳にはお雑煮と、酢ダコ、そして筑前煮が並ぶ。
例年であれば初詣に向かうところだが、混雑を避けるため、今年は予定を変更した。
愛用の白杖を手に、国道6号線沿いにある、かっぱ寿司流山店へと向かう。
​11時半。正月早々の混雑を覚悟していたが、意外にも店内には6組ほどの先客しかいない。
この近辺は回転寿司の激戦区であり、他店はどこも長い待ち列ができているはずだ。
しかし、なぜかここだけはいつも空いている。
障害を持つ身として、この店は実にありがたい場所だ。
入り口に段差はなく、通路は他のチェーン店よりも少し広い。
白杖を使いながら移動する私にとって、この余裕こそが何よりの安心材料となる。
​味も良く、値段も手頃。バリアフリーも完璧だ。
ただ、経営者という立場から眺めると、いささか集客努力が足りないようにも感じる。
正月らしい甘酒の振る舞いや、おせちを意識した創作寿司など、もっと攻めのマーケティングがあっても良いのではないか。
もっとも、一人の利用者としては、このままのんびりと食事ができる場所であってほしいという、矛盾した願いもあるのだが。
​今日、私が選んだのは、真っ赤なスープが目を引く激辛味噌ラーメンだ。
3段階ある辛さの中で最も刺激の強いものを選び、元旦から身体に喝を入れた。
この強烈な刺激は、かつて韓国で会社を設立し、取締役として過ごした日々を呼び覚ます。
​韓国の若者たちは、徴兵制度という背景もあってか、一様に威勢が良かった。
医療レセプトという堅実な事業を営む傍ら、極寒の屋台で彼らと酌み交わした時間は忘れがたい。
丸く盛り上がっている鉄板の上で牛丼にも似たプルコギをつまみながら、チャミスルやマッコリをストレートで流し込む。
あの頃の熱気と仲間たちの顔が、ラーメンの湯気の向こう側に重なる。
​かっぱ寿司の会計はたくさん食べたが、ラーメンを含めて1,500円ほど。
普段は7皿も食べれば十分な還暦の身だが、正月という高揚感が箸を進めさせた。
思えば、現役時代の寿司は、今とは全く別の意味を持っていた。
​かつて、虎ノ門のオークラプレステージタワーに入る大手上場企業と仕事をしていた頃、私は頻繁にそのビルを訪れていた。
重要な取引を加速させるため、同じ建物内にあるホテルの高級寿司屋を予約した。
そこは接待に適した静謐な空間で、職人の技を間近に見るカウンター席が特等席だった。
大切なお客様と2人、日本酒とハイボールを嗜み、お好みで握りを注文する。
会計は2名で55,000円。
それは単なる食事代ではなく、数億円規模の売上を確保するための、信頼を築く投資であった。
​法人を相手にするBtoBの事業は、口座を開設するまでの道のりは険しい。
しかし、一度信頼を勝ち取れば、景気に左右されやすい一般消費者向けのビジネスよりも格段に安定する。
その信頼を盤石にするためのエスコートも、当時はビジネスの重要な一部だった。
宴のあと、地下の車寄せには黒塗りのセンチュリーが待機している。
お抱え運転手が静かにドアを開け、お客様を次の目的地へと送り出す。
その一連の流れをスマートに整えることが、プロフェッショナルとしての私の役割だった。
​今ではそのような過剰な接待文化も薄れ、六本木や銀座から社用族の姿も少なくなった。
激辛ラーメンを食べ終え、私は今、穏やかな満足感の中にいる。
普段は障害福祉や政治といった堅いテーマを綴っているこのブログだが、元旦くらいはこうして過去の回想に浸るのも悪くない。
​かつての虎ノ門での緊張感も、今の流山での静かな昼食も、等しく私自身の人生である。
お皿に残った赤いスープを眺めながら、また新しい一年が始まったことを静かに噛みしめた。