​皆様、こんにちは。全盲の問題解決コンサルタントとして、障害者や高齢者、難病を抱える方々の居住支援を行っている私のブログへようこそ。
​先日、緩和ケアの専門医である萬田緑平先生の著書『棺桶まで歩こう』という本に出会い、深い感銘を受けるとともに、日頃私が支援現場で感じている危機感と強く共鳴するものを感じました。
​本日は、この本の内容を紐解きながら、現代の医療・介護現場が抱える課題と、私たちが目指すべき「最期まで自分らしく生きる形」についてお話ししたいと思います。
​1. 専門医が説く「歩けるうちは死なない」の真実
​著者である萬田先生は、2000人以上の最期を自宅で看取ってきた在宅緩和ケアの第一人者です。先生は本書の中で、衝撃的かつ希望に満ちた言葉を投げかけています。
​「人間は歩けているうちは死にません。歩けるということは、自分の力で頑張れている、脳が若い証拠なのです」
​本書が指摘する、現代医療の歪みと「正しく死ぬこと」への智慧をいくつか要約します。
​・燃料を捨てて着陸する「自然な死」
飛行機が着陸する際に燃料を捨てるように、人も死が近づくと自然に食べられなくなります。しかし、今の病院では「栄養が足りない」と点滴を続け、体液が溢れて溺れるような苦しみを与えてしまうことが多い。食べないから死ぬのではなく、寿命だから食べなくなるのが自然なプロセスなのです。
​・病院がつくる「せん妄」と「寝たきり」
骨折等で入院した高齢者が、環境の変化や過剰な薬でパニック(せん妄)に陥ることがあります。病院はそれを抑えるために薬や拘束を用い、結果として認知機能を奪い、自宅に帰れない体にしてしまう現実があります。
​・体幹の持続力が命を支える
「30分背筋を伸ばして座れる人は、30分歩ける」。ムキムキの筋肉ではなく、姿勢を保つ体幹の力こそが、最期まで自分の足で立ち続けるための鍵となります。
​2. 現場のプロとして訴えたい「過剰な安全管理」の罠
​萬田先生の意見に接し、私は居住支援の専門家として、高齢者施設や入院病棟の「体質」に強い警鐘を鳴らしたいと感じています。
​多くの施設では「転倒リスク」を極端に恐れます。入居者が転んで骨折すれば、施設の責任を問われるからです。そのため、まだ歩ける力がある人に対しても「危ないから車椅子にしましょう」「トイレは大変だからおむつにしましょう」と、安全の名の下に「歩く権利」を奪っています。
​しかし、歩くことをやめさせることは、生きる意欲を削ぎ、生命の灯を自ら消させることに他なりません。「おむつを勧めるのは、生きるのを諦めなさいと言っているのと同じ」という萬田先生の言葉は、まさに現場の残酷な真実を突いています。
​3. 自宅で最期を迎えることの本当の価値
​私は全盲という当事者の視点を持ちつつ、困難を抱える方々が「どこで、どう暮らすか」を共に考えてきました。その中で確信しているのは、住み慣れた自宅で、自分の足で生活を営むことの尊さです。
​たとえ癌であっても、難病であっても、自分の足でトイレに行き、自分の椅子に座り、家族の気配を感じながら過ごす時間は、何物にも代えがたい「生きる力」を生みます。
​病院や施設での「管理された安全」は、時に「人間としての尊厳ある死」を妨げる壁になります。私たちは、転倒のリスクをゼロにすることよりも、その人が最期の日まで「自分の足で歩き、自分の家で過ごす」という意志を、周囲がいかに支えられるかを考えるべきではないでしょうか。
​結びに
​「棺桶に入る直前まで、自分の足で歩く」。
​これは決して不可能な夢ではありません。過剰な医療や、責任回避のための安全管理から自分自身の命を取り戻し、自宅という聖域で静かに着陸する。
​萬田先生の著書が教えてくれたこの視点を、私はこれからも居住支援の現場で体現し、発信し続けていきたいと思います。皆様もぜひ、ご自身やご家族の「最期の歩み」について、今一度考えてみてください。