【精神疾患を抱える母子の孤立と凄絶な居住支援の実態〜全盲の問題解決コンサルタントが問い直す「共生社会」の真の代償と希望〜 】

      

【精神疾患を抱える母子の孤立と凄絶な居住支援の実態〜全盲の問題解決コンサルタントが問い直す「共生社会」の真の代償と希望〜 】

生活困窮者が生活保護申請の相談をしている画像

​​私は現在、全盲の問題解決コンサルタントとして、福祉分野でのボランティア活動を中心に活動しております。
これからお話しするのは、私が以前、社会貢献の一環として取り組んでいた「居住支援サービス」における、ある母子の切実な実態です。
​このブログでは、目を背けたくなるような過酷な居住支援の現場をシリーズでお伝えしています。福祉に携わる方、そして不動産業界の方々。どうかこの現実から目を逸らさず、正面から向き合ってください。
第1章 暗闇の中の出会い
​精神疾患により深い悩みを抱えた母子家庭から、「引っ越し先が見つからず助けてほしい」という緊急の救済要請が入りました。私は直ちに現場へと駆けつけました。
​そこにあったのは、照明も消された暗闇の部屋。精神的に激しく消耗したお母様と娘様が、一匹の犬と共に身を潜めるように暮らしていました。以前の住居でどのようなトラブルがあったのか、その詳細は把握しきれていませんでしたが、退去命令が出されているのは紛れもない事実でした。
​「母娘ともに精神疾患を患っている」「生活保護を受給している」「ペットを飼育している」
この3つの条件が重なると、民間の賃貸物件を見つけることは極めて困難なのが今の日本の現状です。
女性スタッフが賃貸物件の案内及び管理状況を説明している画像
第2章 自社管理物件への転居
​一般的な不動産会社では受け入れを拒まれてしまうため、私たちの支援の輪が届く自社管理物件への転居を決定しました。娘さんは中度、お母様は重度の精神疾患を抱え、日常生活を送ることすら容易ではない状態からのスタートでした。
​第3章 近隣との絶えない摩擦
​お母様は病状が重く、お一人で通院することすら叶いません。不安から錯乱状態に陥り、発作を起こすこともしばしばでした。
一日に何度も激しい親子喧嘩を繰り返し、大きな叫び声が響き渡ります。そのたびに近隣住民とのトラブルが発生しました。私たちはその都度、スタッフ総出で緊急対応にあたり、事態を沈静化させる日々に追われました。
​第4章 繰り返されるトイレの配管詰まり
​ある時、生理用品や切り裂かれたペットシーツがトイレに流され、配管が完全に詰まってしまいました。真夜中にもかかわらず、スタッフは現場へ急行しました。
​汚物にまみれながら懸命に作業するスタッフの姿に、私は言葉を失いました。本来であれば専門業者に依頼すべき事案ですが、入居者の過失による詰まりは高圧洗浄の費用が自己負担となります。生活保護で暮らす彼女たちに、その高額な費用を支払う余裕はありません。
結果として、スタッフたちが自らの手で対応するしか道はなかったのです。
​第5章 追い詰められた末の近隣トラブル
​ある朝早く、泣きじゃくり罵倒するような電話が入りました。
2階の住人とトラブルになり、お母様が相手の自転車のタイヤを鋭利なもので突き刺してしまったのです。重い精神疾患を抱える彼女に、どこまで「犯罪」という認識があったのかは分かりません。
私たちは即座に間に入り、入居者間の話し合いを重ねてトラブルを解消しました。幸いにも警察沙汰には至りませんでしたが、一歩間違えれば取り返しのつかない事態でした。
世帯分離による独立引越し作業現場写真、家族から独立してアパートへ引越す引越し作業画像。
第6章 数年を経て辿り着いた結末
​母娘が共に暮らすことは、お互いのパニックを誘発し合い、結果として双方の病状を悪化させていました。精神医療の受診も含め、粘り強い支援を続けた結果、お母様は施設へ入所することになりました。
お母様と離れたことで、娘さんの病状は劇的に安定しました。現在では大きな問題を起こすこともなく、穏やかに暮らしています。
​この親子は、以前は各地でトラブルを起こし、賃貸物件を転々としてきました。私たちは彼女たちの行動を「病気」という側面から捉え、様々なサポート機関と連携して最善の策を模索し続けました。
もし私たちの支援が届かなければ、彼女たちは今も居場所を失い彷徨っていたか、あるいはトラブルから事件を起こしていたかもしれません。
誇るべき仲間たちと、これからの歩み
​暗闇の中で出会った母娘と一匹の犬。自らの支援体制の中に彼女たちを受け入れ、数年という歳月をかけて「どうすれば彼女たちが幸せになれるか」を導き出しました。
当時は、18歳を超えた娘さんとお母様の二人きり。通院すらままならず、働ける状態でもありませんでした。
​スタッフたちは、連日のように続くパニックをなだめ、時には汚物処理という過酷な現場にも立ち向かいました。それは単なる「仕事」の枠を超えた、真の「共生社会」を作り上げるための献身的な努力でした。
私が全盲となり、当時のスタッフたちも今は障害者就労支援や訪問医療といった異なる現場で活躍しています。
​直接的な居住支援の場からは離れましたが、私たちは形を変えて今も障害を抱える方々と向き合っています。私は、あの過酷な日々を支え抜いたスタッフたちを心から誇りに思っています。
そして現在、私は問題解決コンサルタントとして、福祉事業所の経営指導やボランティア活動を通じ、新たな立ち位置でこの課題に挑み続けています。
カテゴリー