​病院の治療は「マニュアル(ルーチンワーク)」が基本です。慢性期でも急性期でも、確立された経験則に基づき、年齢に関わらず一定の処置が行われます。しかし、人生の最終段階において、その「正しさ」が本人の苦痛に直結してしまうことがある。東京大学名誉教授の矢作直樹氏は、この過酷な現実に警鐘を鳴らしています。
​例えば、90代の高齢者に対する利尿剤の投与です。足のむくみを取るための「正しい処置」であっても、歩行が困難な高齢者にとって15分おきの頻尿は大きな負担となります。また、食事が摂れなくなった際、医師から「このままでは餓死しますよ」と迫られ、鼻からの胃管や胃ろう、点滴をマニュアル通りに提案されることも少なくありません。
​しかし、矢作氏は説きます。「人は食べないから死ぬのではなく、死の前段階だから食べられなくなっているのだ」と。この自然の摂理を忘れ、回復の見込みがない中でただ栄養を入れ続ければ、安らかな死を妨げる結果となります。
「119番」が後悔に変わる瞬間
​特に注意すべきは、終末期における救急搬送の現場です。本人が生前に「延命は望まない」と伝えていても、いよいよ最期という段階で家族が慌てて119番通報をしてしまうと、そこから「止まらないマニュアル」が始まります。
​救急隊が到着した際、たとえ呼吸や心拍が止まっていても、救急隊員は法的に蘇生措置を中止することができません。AEDによる電気ショックや激しい心臓マッサージが始まり、病院へ着けば人工呼吸器や管に繋がれた姿で対面することになります。「静かに死なせてあげたかった」という後悔は、こうした救急システムの仕組みを事前に正しく理解していないことから生まれるのです。
​90歳の母が示した「意思表明」の力
​私は、福祉関連企業の経営改善コンサルタント「アイズルーム」の代表として、日頃から現場の問題に深く関わっています。そして今年、90歳の実母が2度目の脳梗塞で倒れた際、このマニュアル医療とどう向き合うかという課題に直面しました。
1度目の脳梗塞で下半身不随となり車椅子生活を送っていた母ですが、今回の2度目で全身麻痺となりました。それでも、母の意識ははっきりしていました。私は担当医や家族と話し合う際、何よりも「母本人の意見」を最優先しました。
​母は、点滴による栄養補給を拒否しました。それに先立ち、胃ろうも拒否しています。母は最後まで「痛みを感じたくない」という強い意思を持っていました。延命が見込めない状況で、針を刺し、体に負担を強いる処置は、母にとっては望まない苦痛でしかなかったのです。
​私たちは母の意思を貫き、看取りの場として、住み慣れた老人施設の居室に戻る選択をしました。
救急病院から施設で紡いだ、慈しみの3週間
​施設に戻ってからは、介護士の方々が24時間体制で誠心誠意ケアをしてくださいました。全身麻痺で動けない母の体を定期的に清潔にし、床ずれの薬を塗り、口腔ケアまで細やかに行っていただきました。その献身的なサポートがあったからこそ、母はベッドの上で穏やかに過ごすことができたのです。
​この3週間という時間は、私たち家族にとってもかけがえのないものでした。毎日面会に訪れ、母と向き合い、幼い頃からの思い出話を語りかけました。母はだんだんと意識が朦朧とし、言葉を出すことはできなくなりましたが、それでも最期まで心は通じ合っていました。目と目を合わせ、合図を送ってくれる母とのやり取りの中で、私たちもお互いに心の整理をつけていくことができました。
​食事を摂ることなく、静かに、安らかに残りの時間を全うした母。無理な医療介入によって苦痛を強いることなく、尊厳を守り抜いて見送ることができたのは、母自身の明確な意思表示があったからです。
後悔しないために、今できる「備え」
​私は福祉セミナーの講師として、「高齢者の終命段階における過剰な延命治療は必要ない」と訴え続けています。平穏な死を迎えるためには、以下の準備が不可欠です。
​リヴィング・ウィル(意思表明書)の作成
意識がはっきりしているうちに、延命治療の「差し控え」や「中止」の希望を書面に残してください。言葉だけでは、いざという時の強制的なマニュアルに抗うことは困難です。
​かかりつけ医(訪問診療)の確保
24時間対応可能な医師と連携していれば、施設や自宅での看取りの際、119番ではなく医師に連絡することで、適切な指示を受けることができます。これにより、望まぬ救急搬送を避けることが可能になります。
​家族とのシミュレーション
老衰や終末期の最終段階において、無理な蘇生を望まない場合は「救急車を呼ばない」という選択肢を、家族全員で共有しておいてください。
​死は敗北ではなく、人生の集大成です。本人の意思に基づき、余計な苦痛を削ぎ落とした「自然死」を選択すること。それが、本人にとっても残された家族にとっても、最後に感謝で結ばれる豊かな別れに繋がると確信しています。