【酒に呑まれる社会の死角、函館の放置死事件が問いかけるアルコール依存と深夜営業の闇 ​】

      

【酒に呑まれる社会の死角、函館の放置死事件が問いかけるアルコール依存と深夜営業の闇 ​】

アルコール依存症が原因で仕事が出来なくなりすさんだ生活でゴミ屋敷となり生活苦でアルコールに侵されて苦しんでいる男性の画像です。

​北海道函館市で発生した、飲食店経営者が客を放置し死亡させた事件は、単なる管理責任の欠如だけでは片付けられない、日本のアルコール文化が抱える根深い問題を浮き彫りにしました。
​午前7時すぎという、一般的には一日が始まる時間帯に来店し、そのまま床に倒れ込んで12時間も放置されるという異常な事態。これは、通常の飲食店ではあり得ない光景です。しかし、一部の繁華街に存在する、いわゆるアフターバーや深夜営業の酒場においては、客が泥酔して床やソファに倒れ込み、嘔吐しているような光景は、悲しいことに日常茶飯事となっています。
​私自身も、以前はお酒を好み、接待や同僚との飲み会で気持ちが大きくなり、つい朝まで飲み続けてしまった経験があります。こうした深夜営業の店に実際に身を置いたことがあるからこそ、理性を失うまで飲み続けてしまう環境がいかに危険であるか、その恐ろしさが身にしみて理解できるのです。
​このような店舗の多くは、風俗営業法の認可を受けず、飲食店として朝まで営業を続けています。店側も客も「泥酔は当たり前」という感覚に麻痺してしまっています。今回の事件で、従業員が複数いながら誰も救急車を呼ばなかった背景には、このような常態化した異常があったことは想像に難くありません。
​私は長年、福祉支援のボランティアとして、お酒やギャンブルに溺れて人生を壊してしまった方々を数多く見てきました。多量飲酒によって健康を害し、仕事を失い、最終的に生活保護を受給せざるを得なくなる人は少なくありません。さらに深刻なのは、受給後も、限られた生活費の中からお酒やタバコにお金を使ってしまい、困窮から抜け出せなくなる悪循環です。
​精神科の専門家が指摘するように、アルコール依存は薬物依存と同等、あるいはそれ以上に恐ろしい側面を持っています。コンビニエンスストアなどで24時間いつでも、誰でも安価に入手できるためです。お酒に寛容すぎる日本の社会制度は、依存症を助長し、生活破綻や健康被害、さらには自殺や事件へとつながる連鎖を生み出しています。
​「酒は百害あって一利なし」という言葉があります。本来は「酒は百薬の長」という言葉への対義語として使われますが、現在のアルコールによる社会的損失を鑑みれば、この表現は決して大げさなものではありません。
このような悲劇を繰り返さないために、私たちは以下の解決策を社会全体で議論し、実行していく必要があります。
​第一に、深夜から早朝にかけてアルコールを提供する飲食店に対する、厳格な規制と監視です。飲食店の皮を被った実質的な接待営業や、度を越した飲酒を放置する店舗には、営業停止を含む厳しい罰則を設けるべきです。
​第二に、アルコールの販売形態の見直しです。深夜のコンビニ販売の制限や、酒税の引き上げによる安易な多量飲酒の抑制など、物理的な距離を置く仕組みが必要です。
​第三に、アルコール依存症に対する認識のアップデートです。これは個人の意志の弱さの問題ではなく、治療が必要な病気であるという理解を広め、早期に専門機関へ繋がる体制を強化しなければなりません。
​日本は海外諸国に比べ、公共の場での飲酒や泥酔に対してあまりにも寛容です。しかし、その寛容さが今回の函館の事件のような、命を軽んじる結果を招いています。お酒という嗜好品が、これ以上誰かの人生を壊し、尊厳を奪う道具にならないよう、今こそ社会のあり方を問い直す時が来ています。