住まいのあり方は、人生のバイオリズムを如実に映し出す鏡のようなものです。
一般的な戸建て住宅であれば、指定された曜日の早朝にゴミ置き場へ足を運び、カラスの被害を防ぐために防鳥ネットを丁寧に被せるといった日常のゴミ捨てが求められます。時間を守らなければ近隣トラブルに発展することもあり、そこには地域社会の厳格なルールが存在します。
​しかし、私が経営者として文字通りバリバリと働き、人生の絶頂期を謳歌していた都心のタワーマンションでの暮らしは、それとは全く別世界の、まるで白昼夢のような日々でした。
​高台にそびえ立つその邸宅は、ホテルのような静寂に包まれていました。
特筆すべきは、24時間ゴミ出しが可能な各階設置のダストステーションです。重い袋を抱えてエレベーターに乗る必要すらありません。さらにキッチンには高性能なディスポーザー(生ゴミ粉砕処理機)が完備され、調理後の残飯は瞬時に処理されるため、生活臭とは無縁の清潔な空間が保たれていました。
​車での移動も至れり尽くせりでした。
エントランスの車寄せに到着すれば、ポーターが恭しく鍵を預かり、指定のパレットへ入庫してくれるバレーパーキング・サービスが提供されます。出庫の際も、内線一本で車寄せに愛車が用意されているのです。
24時間体制のルームサービスでは、ホテルライクなレストランの料理がいつでも運ばれてきました。
​当時の私は、多忙を極める自分への正当な報酬として、そのフルサポート体制を享受し、正直に言えば人生に慢心していたのかもしれません。
​しかし、商売の神様は常に微笑み続けてはくれません。
絶好調が10年続けば、必ず山は谷へと転じます。
思い返せば、私の40年にわたる経営者人生は、まさに日本経済の激動そのものでした。
​1990年代初頭の不動産バブル崩壊という悪夢。
2000年前後、渋谷を中心に巻き起こったネットバブルの熱狂とその終焉。
2008年、全世界を震撼させたリーマンショックによる金融崩壊。
そして記憶に新しい、パンデミックがもたらしたコロナ禍による社会の閉鎖。
​幾度となくどん底を味わい、文字通り鞄一つから再起を図る日々が続きました。
人生の浮き沈みに合わせ、住む場所も、愛車も、景色も、万華鏡のように変わり果てていきました。
​そして現在、私は60歳という節目を迎えました。
両目の視力を失い、両足に麻痺を抱えるという、かつての私からは想像もできない困難な状況にあります。
しかし、私の心は折れてはいません。
​人生は諦めた瞬間に幕が下ります。
前向きな意志さえあれば、現代の最先端技術という翼を手に入れ、視力喪失というハンディキャップを乗り越えることができると確信しています。
​これから先の10年。
私は人生最後にして最大の「山」に挑みます。
それは単なる過去の再現ではなく、全く新しい未開の地を切り拓くビジネスのフロンティア・スピリットです。
暗闇の中にこそ、新しい時代の光を見出すことができる。
不屈の闘志と最新のテクノロジーを掛け合わせ、再び社会に価値を提供し、誰も見たことがないような情熱的な挑戦を成し遂げてみせます。
​60代からの再起動。
私の物語は、ここからが本当のクライマックスです。