【「売上1億円から1000億円の世界へ」——上場企業の荒波で学んだ経営の本質と、私が挑む「第3のステージ」】

今から20年以上前、 私は激動のビジネスシーンの真っただ中にいました。当時、 富士通関連の電子モール「一楽商店」の役員として、急成長する「 楽天市場」を猛追する日々を送っていました。そんな折、 縁あって東証上場企業である「オリンピック」の役員から、 ある大きなミッションを託されたのです。
それは、スーパー「オリンピック」 によるネットスーパー事業の新規立ち上げでした。
新事業「ママピック」を設立し、 私は責任者としてゼロからのスタートを切りました。 当時はまだネットで生鮮食品を買う習慣が一般的ではない時代。 日々の価格変動へのリアルタイム対応、 迅速な物流体制の確立など、システム開発から人員配置まで、 文字通り不眠不休で取り組みました。会社に泊まり込み、 システム変更や組織運営に奔走したあの「無我夢中」な時間は、 私の経営者人生において、まさに「企業内ベンチャー」 としての熱い挑戦そのものでした。
当時、 オリンピックは長崎屋のホームセンター部門を買収するなど、 非常に勢いのある時代。 私は富士通とオリンピックという2つの上場企業の新規事業に関わ ったことで、 売上1億円のベンチャーから1000億円規模の大企業のダイナミ ズムまで、ビジネスの深淵を経験することができました。
しかし、かつて私が情熱を注いだその場所も、 時代の大きな荒波に飲み込まれようとしています。
【オリンピック・グループの経営統合について】
本日2026年4月6日、東証スタンダード上場の「 Olympicグループ」が、ドン・キホーテ等を運営する「 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス( PPIH)」の完全子会社となり、 経営統合されることが発表されました。
かつての勢いを知る身としては複雑な思いもありますが、 統合の背景には厳しい現実があります。 直近の2026年2月期決算では、 物価高騰による仕入れコストの上昇や消費者の節約志向により、 27億円という大幅な経常赤字を記録。 単独での生き残りが困難な状況にありました。 今後はPPIHの強力な物流・仕入れ網を活用し、「ドン・ キホーテ」への業態転換や新業態「ロビン・フッド」の展開など、 再建への道を進むことになります。
ベンチャー経営の難しさと、大組織を動かす重圧。 私は若き日に、その両方の「苦い経験」と「成功の糧」 を同時に味わいました。 これらは現在の私のビジネス視点を形作る、 かけがえのない財産です。
そして現在、私は60歳を迎え、視力を失い「 全盲のコンサルタント」という新たな立場にあります。 事業会社の運営からは退きましたが、 私の情熱が消えることはありません。
私の40年間にわたる経営人生。それは、 自分の手で立ち上げたゼロからのベンチャーに始まり、 上場企業の資本を背景にしたダイナミックな事業展開へと繋がって きました。1億から1000億の世界を見てきたからこそ、今、 私が見据えているのは「数字」ではなく「社会の在り方」です。
私の「第3のステージ」は、 社会貢献とボランティアが中心です。
生活弱者の方々がいかに社会に受け入れられ、 共に手を取り合って生きていけるか。誰もが住みやすい「 共生社会」の実現に向けて、 これまでの経営経験のすべてを注ぎ込み、 新たな挑戦をスタートさせています。
かつての戦場だったビジネスの最前線から、 今度は社会を支える「心の最前線」へ。
Eyesmanの挑戦は、これからも続いていきます。
それは、スーパー「オリンピック」
新事業「ママピック」を設立し、
当時、
しかし、かつて私が情熱を注いだその場所も、
【オリンピック・グループの経営統合について】
本日2026年4月6日、東証スタンダード上場の「
かつての勢いを知る身としては複雑な思いもありますが、
ベンチャー経営の難しさと、大組織を動かす重圧。
そして現在、私は60歳を迎え、視力を失い「
私の40年間にわたる経営人生。それは、
私の「第3のステージ」は、
生活弱者の方々がいかに社会に受け入れられ、
かつての戦場だったビジネスの最前線から、
Eyesmanの挑戦は、これからも続いていきます。