​私は7年前に身体障害者手帳を交付されました。原因は糖尿病網膜症と緑内障の合併による視覚喪失です。視覚を失った私にとって、聴覚と嗅覚は情報を得るための、いわば命綱とも言える大切な感覚器官です。特に聴覚は、情報の大部分を取得するための重要なツールであり、その機能を常に研ぎ澄ませておく必要があります。
​私はA型で神経質な性格もあり、お風呂上がりや1日に1回は必ず耳の清掃を欠かしませんでした。愛用しているのは、少し高価な黒い綿棒です。1日に2本は消費する習慣が定着しており、手元の在庫が最後の一本になったため買い足そうと考えていた矢先、知人の耳鼻科医院の院長から驚くべき指摘を受けました。
​結論から申し上げますと、医学的な観点から見て、耳の中に綿棒を挿入して掃除をすることは推奨されません。先生の話によれば、耳垢を取ろうとする行為そのものが、かえって耳の状態を悪化させる原因になるというのです。
​まず、医学的に知っておくべきは「自浄作用」という仕組みです。外耳道の皮膚は鼓膜側から入口側へと向かって移動する性質を持っており、耳垢は放っておいても自然に外へ排出されるようになっています。そのため、健康な状態であれば、本来耳掃除は必要ありません。
院長が指摘したリスクを医学的な用語で補足すると、主に以下の三点が挙げられます。
​第一に、外耳道真菌症のリスクです。耳の中を綿棒で頻繁に刺激すると、皮膚の表面にある保護膜が剥がれ、そこにカビの一種である真菌が繁殖することがあります。これが院長の言っていた「カビてしまう」という状態です。
​第二に、外耳炎の誘発です。綿棒による機械的な刺激は、外耳道の皮膚に微細な傷をつけます。そこから細菌が感染し、炎症を起こすと、痛みや痒みが生じます。慢性的な刺激はかえって耳垢の分泌を促進させ、耳を塞ぐ原因にもなります。
​第三に、耳垢栓塞の危険性です。綿棒を使うと、耳垢を取り出すどころか、かえって奥の鼓膜側へ押し込んでしまうことが多々あります。これにより耳垢が固まり、耳の穴を完全に塞いでしまう状態を耳垢栓塞と呼びます。これが起こると難聴や耳閉感を引き起こし、大切な聴覚の機能を阻害してしまいます。
院長が言及された通り、アメリカなどの諸外国では、綿棒のパッケージに「耳の穴には入れないこと」という注意書きが明記されているのが一般的です。これは、不適切な使用による怪我や鼓膜穿孔などの事故に対する訴訟リスクを回避する目的もありますが、それ以上に「耳の中に異物を入れるべきではない」という医学的な常識に基づいています。
​日本のホテルなどで綿棒が備え付けられているのは、あくまでメイクの修正や耳の外側の汚れを拭うためのアメニティという側面が強く、耳の穴の深部を掃除することを想定しているわけではありません。また、耳に水が入った場合でも、体温によって自然に蒸発するため、無理に拭き取る必要はないというのが耳鼻科医の共通認識です。
視覚を補うために聴覚を最も大切にすべき私にとって、良かれと思っていた「清潔習慣」が、実は大切な耳を傷つける行為であったという事実は大きな衝撃でした。健康な状態であれば耳の清掃は必要ありませんが、もし耳の中に違和感があるような場合には、自分で綿棒を突っ込むのではなく、速やかに耳鼻科を受診することが、最も安全に聴覚を守る方法と言えるでしょう。