【清原和博と歩んだ激動の昭和平成そして令和への再生。覚醒剤という怪物に打ち勝つために】

モデルの亜希さんが自身のSNSを更新し、 元夫である清原和博さんが逮捕されてから10年という節目を迎え たことを明かしました。 2016年2月2日のあの衝撃的な出来事から10年が経ち、 現在は亜希さんがマネジャーとして彼を支え、 今日からまた次の10年を頑張ると目標を立てた清原さんの近況が 綴られています。亜希さんは、昨年の清原さんの誕生日の際、 家族4人が笑顔で並ぶ写真をケーキにデコレーションして、 二人の息子さんと共にお祝いをしたことを報告されていました。 今回の投稿でも、清原さんの現在の写真を掲載し、 あの日を忘れることなく、あえて節目として祝うことで、 前を向こうとする家族の強い絆を示しています。 一時は離婚という道を選びながらも、 こうして家族が再生していく姿に、私は一人の野球ファンとして、 そして同じ時代を生きてきた人間として、 深い安堵と感動を覚えました。
私は清原さんと同年代であり、 体格も彼と似たような大柄な体型をしています。 私たちの幼少期は今のようにサッカーではなく野球が娯楽の王道で した。私は草野球を楽しむ程度でしたが、 清原さんはPL学園のスターとして甲子園を沸かせ、 あの有名なドラフト事件では桑田真澄さんと共に注目され、 涙を飲みながらも西武ライオンズへ入団しました。その後、 西武での大活躍を経て、 憧れだった巨人の4番へと上り詰めた彼の歩みは、 巨人ファンである私にとって常に注目の的でした。
私は清原さんと同年代であり、
若かりし頃、私の事業も軌道に乗り、 清原さんが銀座に足を運んでいた時期、 奇遇にも私は彼と同じ銀座の並木通りにあるクラブ街でシャンパン を飲んでいました。あのきらびやかな夜、 彼と同じ空気を感じていたことを懐かしく思い出します。しかし、 野球選手として類まれなる素質と素晴らしい体格を持ち、 頂点を極めた彼が、なぜ薬物の道へ進んでしまったのか。それは、 繁華街での過度な豪遊や飲酒、 あるいはクラブの女性との交友関係の中で理性が低下し、 心の隙間を薬物に付け込まれてしまったのではないかと分析してい ます。
お酒と薬物の関係は非常に根深く、 過度な飲酒によって自制心が失われると、 薬物へのハードルが劇的に下がってしまいます。 特にお酒の席での交際から薬物への誘いに乗ってしまうケースは多 く、孤独やプレッシャーを抱えるトップアスリートにとって、 その入り口はあまりに身近に存在していたのかもしれません。
お酒と薬物の関係は非常に根深く、
清原さんが逮捕され、 釈放された当時のことも鮮明に記憶しています。 報道陣のバイクやヘリコプターが追走する中、 彼は千葉県松戸市にある千葉西総合病院へ入院しました。 実は私も昨年、緊急搬送されて手術を受けた際、 清原さんが入院した最上階の特別室があるフロアと同じ階の部屋を割り当てられました。 病床で清原さんのことに思いを馳せ、 彼がどれほどの苦しみの中で更生を誓ったのかを考えずにはいられ ませんでした。
私は現在、障害福祉の事業を営んでおりますが、 これまで10年間にわたり刑務所出所者の更生支援に組織的に取り 組んできた経験があります。厚生労働省の資料によると、 薬物依存症の再犯率は約6割と非常に高いのが現状です。 私が支援してきた現場でも、半数以上の方が再び薬物に手を出し、 刑務所に戻ってしまう厳しい現実を見てきました。
薬物依存から脱却するための民間施設としてダルクなどの団体が懸 命な活動を続けています。 彼らは同じ悩みを持つ仲間との共同生活を通じて回復を目指します が、多くの施設が運営難に直面しています。 薬物依存を断ち切る鍵は、本人の意志以上に、 孤独にさせないための家族の理解や、 周囲の継続的なサポートがあるかどうかです。
人間は誰しも過ちを犯します。 清原さんが野球界に多大な迷惑をかけたことは事実ですが、 彼は人を殺めたわけではありません。 過ちを犯した人間を社会がいかに受け入れ、 更生させるかが現代社会の大きな課題です。 厚生労働省などの専門機関には、 既存の枠組みを超えた新しい再生システムの構築と、 国を挙げた手厚い支援体制の確立を心から願っております。
清原さんの再出発から10年。この節目を家族と共に喜び、 彼がこれからも光の当たる道を歩み続けることを、 同じ時代を駆け抜けた一人のファンとして応援し続けたいと思いま す。
人間は誰しも過ちを犯します。
清原さんの再出発から10年。この節目を家族と共に喜び、