【老人ホームは安住の終の棲家か?自由と尊厳を失わない「自分らしい老後」の選択】

      

【老人ホームは安住の終の棲家か?自由と尊厳を失わない「自分らしい老後」の選択】

高齢者シェアハウスのキッチン・ダイニングで、男女の入居者が一緒に料理を作り笑顔で歓談をしながら食事をとっている画像です。

高齢期の住まいとして老人ホームへの入居を検討する方は年々増えています。安全面や介護体制への期待から、家族も本人も「これで安心だ」と考えるケースは少なくありません。しかし、現実はどうでしょうか。
​ある調査では、良かれと思って入居したものの、実際には「入居しないほうが良かった」と感じている方が少なくないという衝撃的な側面が浮かび上がっています。
​例えば、長年住み慣れた自宅で一人暮らしをしていたある高齢者のケースです。日常生活に大きな支障はなかったものの、家族からの「一人だと何かあったときに心配だから」という勧めを押し切れず、有料老人ホームへの入居を決めました。当初は、食事の提供や見守りがある環境に安心感を抱いていました。
​しかし、入居からわずか3ヶ月で、その安心感は「不自由さ」への戸惑いに変わりました。
​決まった時間にしか摂れない食事、自由にならない外出、そして施設のルールという名のもとで行われる行動の制限。これまで当たり前に送ってきた「自分のペースで好きなことをする」という生活が、そこにはなかったのです。さらに、年金の大半が施設費用に消えていく経済的な不安や、スタッフや他の入居者との間にある、どこか事務的で距離のある人間関係も、孤独を深める要因となりました。
​一度自宅を売却して入居してしまえば、たとえ環境が合わないと感じても、元の生活に戻ることは容易ではありません。「もし合わなかったら」という出口戦略を考えないまま、周囲の勧めに従うことの危うさがここにあります。
アイズルームは、福祉事業関連企業の経営コンサルティングを行っている企業です。日頃から、こうした老人施設が抱える構造的な問題点を把握し、改善に取り組んでいます。
肢体不自由や​身体に麻痺があり、家族や自治体のサポートを受けることがどうしても困難な場合、施設入居はやむを得ない選択肢の一つかもしれません。しかし、いざ入居してみると、そこには人間の尊厳を維持することが難しい現実が待っていることも少なくありません。転倒や誤嚥といったリスクを回避し、限られた予算と人員で安全を確保するために、身体拘束に近い状態や外出制限、食事の自由の剥奪が行われてしまうのです。
​これは施設側が悪意を持っているわけではありません。事故が起きれば全ての責任を施設が負わされるという社会構造が、高齢者から自由を奪い、管理せざるを得ない状況を生んでいます。
​少なくとも自分の力で歩けるのであれば、独立して一人暮らしを継続するほうが、健康寿命は確実に延びると私は考えています。
​たとえ身体に不自由があったとしても、在宅介護の支援システムを構築できれば、自分の好きな場所で、好きな時間に起き、食べたいものを食べる生活は守れます。多少のリスクを覚悟してでも、外の空気を吸い、太陽の光を浴び、多様な世代の人々と会話を交わす。スーパーへ買い物に行く。そんな「当たり前の日常」こそが、生きる意欲の源泉です。
​子供たちは親を想う一心で安全な場所を勧めますが、管理された安全が必ずしも幸せに直結するわけではありません。
​アイズルームでは、老人ホームを単なる「安住の地」や「次の棲家」とは捉えていません。自分の足で好きな場所へ行き、自分の意思で行動できる老後を守るために、健康寿命を延ばし、可能な限り住み慣れた自宅で最期を迎える「在宅の尊厳」を推奨しています。
​自分らしく生きる。その権利は、何歳になっても、どのような状態であっても尊重されるべき共生社会の根幹です。
また一つの提案としてアイズルームでは、個人の尊厳と自由を最大限に尊重した「高齢者シェアハウス」の活用を企画・コンサルティングをしており、詳細を知りたい方は「物件管理相談室」こちらをタップしてご参照下さい。
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