障害者支援団体 EYESROOMは、長年にわたり障害福祉をテーマとした情報発信を続けてまいりました。私たちの願いは、障害を持つ方々が社会の中で当たり前に暮らせる共生社会の実現です。そのために、私たちは真に生活弱者や障害者の痛みに寄り添い、法制度の整備に尽力してくれる政治家を厳しく見極めてきました。
​候補者本人と直接面談し、その志を確かめた上で、ポスター貼りから決起集会への参加、寄付やパーティー券の購入にいたるまで、私たちができる限りの支援を惜しみなく注いできました。それは私利私欲のためではなく、難病患者や貧困に苦しむ人々が、誰にも見捨てられずに普通に生活できる日本を作りたいという一心からです。
​しかし、重度障害者を国会に送り出し、私たちの期待を集めたはずのれいわ新選組が、いま最大の危機に直面しています。前回の衆議院選挙での惨敗、さらに選挙期間中から続く大石共同代表による、現代社会に全くそぐわない相手への罵倒や暴言、批判に終始する姿勢が、国民の支持を失わせているのです。
​私たちはこれまで、大石共同代表に対して二度にわたり辞任を求めてきました。しかし、党内部でも地方議員たちの怒りはもはや限界に達しています。
報道によれば、地方議員たちは4月の臨時総会で解任動議も辞さない構えを見せています。
​ここで、党を支える現場の地方議員たちが突きつけた切実な批判の声を整理します。
第一に、手法への限界です。
従来通りの批判や悪口の応酬では支持層の拡大は不可能であるという指摘です。これは、単なる言葉の荒さの問題ではなく、政治家としての建設的な姿勢が欠如していることを意味します。
​第二に、時代錯誤なセクト主義への懸念です。
接近戦や打撃といった言葉を多用する大石氏の姿勢に対し、40年前の新左翼のような古いセクト主義に陥っているという批判が出ています。孤立を恐れず連帯を求めるという主張も、かつての失敗の本質であり、旧日本軍の玉砕戦法と同じであると断じられています。
​第三に、過激な闘争方針への恐怖です。
フランスの暴動を引き合いに出し、火炎瓶闘争や糞尿を撒き散らす行為を支持すると公言する大石氏に対し、議員からは、それは過激派セクトそのものであり、弱者を一人も取り残さないという結党時のスローガンから逸脱しているとの声が上がっています。
これらの痛烈な批判に対し、大石共同代表と山本代表は次のように回答しています。
​大石氏は、批判や悪口をやめたからといって票が伸びるわけではないと強弁し、自身が辞めれば山本太郎のスピリッツが継承されないと、自らの地位を正当化しました。中核派との関わりについても、中身のないレッテル貼りと一蹴し、一切の耳を貸さない姿勢を貫いています。
​山本代表もまた、大石氏を擁護し続けています。批判する側に対して、解像度が低すぎると切り捨て、資本側との戦いを進めるためには大石氏以外にいないと断言しました。
​この両者の主張と地方議員の意見は、完全に対立しています。執行部は戦う姿勢こそが正義だと信じ込んでいますが、現場の議員たちは、その過激さが国民との距離を広げ、党を消滅させると危惧しているのです。
私たちの結論は明確です。
大石氏と山本氏の両名は、選挙敗北の責任を取り、一度その座を退くべきです。特に、共同代表でありながら自身が落選するという結果は、有権者から明確にノーを突きつけられた証拠です。
​大石氏は、これ以上の暴走で政党を私物化することをやめ、一人の市民活動家として再スタートを切るべきです。山本代表の言葉をただなぞるだけではなく、日本の本来あるべき姿を一から学び直してください。
​消費税を廃止すれば全てが解決するわけではありません。赤字国債を発行してまで強行する手法が、本当に未来の日本のためになるのか。私たちは、ただ反対を叫ぶのではなく、日本の本質を考え、心からありがとうと言い合える社会を作る政治家を求めています。
​れいわ新選組が、結党時の原点に立ち返り、独裁的な体制を改めて真の民主的な政党へと生まれ変わることを切に願います。