​福祉支援団体EYESROOM代表、および松戸市視覚障害者協会 副会長の石原です。
いつもは障害福祉の現場からお話を届けておりますが、本日は少し趣向を変えて、ある芸能人の方のニュースに触れたいと思います。
​かつて日本のアイドルシーンを鮮やかに彩り、今なお第一線で輝き続ける小泉今日子さんが、2026年、還暦という大きな節目を迎え、休養を発表されました。1982年にデビューした彼女も、ついに60歳。私は1965年12月生まれですので、彼女とは同じ学年として激動の時代を共に歩んできました。時代のアイコンとして走り続けてきた彼女が決断した「ひと休み」は、私にとっても決して他人事ではない、深い感慨を呼び起こします。
​青春の1ページ、温かかった手のぬくもり
​思えば、彼女との出会いは学生時代に遡ります。当時の私は母子家庭で育ち、コンサートに足を運ぶような経済的な余裕はどこにもありませんでした。しかし、幸運にもテレビ収録の招待に当選し、無料で会場へ向かうことができたのです。それが、私にとって人生で初めてのコンサート体験となりました。
​終演後、会場にいた何百人ものファン一人ひとりと握手を交わしてくれた彼女の姿を、今でも鮮明に覚えています。私は背が高い方ですが、目の前に立つ彼女はとても小柄でした。けれども、その小さな体から溢れ出すエネルギーは驚くほどパワフルで、握った手のぬくもりと共に、その輝きに圧倒されたことを記憶しています。アイドルと握手をしたのは、後にも先にもあの時だけ。私にとって、かけがえのない青春の1ページです。
​表現者としての覚悟、武道館に響いた「第9条」
​あれから数十年。彼女は今、再び大きな注目を浴びています。還暦記念ツアーの日本武道館公演、そこで彼女は日本国憲法第9条の条文を朗読する演出を行いました。銀テープには「戦争反対!! 平和な世界希望!!」という文字が刻まれ、一人の人間としての強いメッセージを世に問うたのです。
​一部では「アイドルに政治を持ち込むな」といった批判の声も上がっているようです。しかし、私はそうは思いません。戦争を防ぎ、平和を願うことは、何よりも尊い願いです。その信念を、バッシングを恐れずに公の場で表現する彼女の勇気に、私は心からの敬意を表します。今回の休養も、ただの休息ではなく、こうした強い社会的メッセージを発信し続ける中で生じる心身の消耗や、自分自身の生き方を改めて見つめ直すための、誠実な決断なのだと感じています。
​共に歩む、人生の後半戦
​私は58歳の時に全盲となり、長年務めたグループ会社の役員を退任しました。現在はボランティア活動を中心としたEYESROOMの運営や、松戸市視覚障害者協会の副会長としての活動へと、仕事の軸足を移しています。全盛期に比べれば、今の動ける範囲は限られているかもしれません。正直に言えば、思うようにいかないもどかしさや、かつての自分と比べて寂しさを覚えることもあります。
​人生100年時代と言われる現代ですが、40歳を過ぎ、還暦を迎える頃になると、誰しも気力や体力の変化に直面します。全盲という新たな状況の中で、自分に何ができるのかを模索し、時には空回りしてしまう毎日です。
​しかし、ありがたいことに、これまでの歩みの中で築いてきた縁があり、今も重要な役割を任せていただいています。全盲になってから始めた新たな試みは、まだ蕾さえ見えていないかもしれません。それでも、いつか必ず花が咲くと信じて、もう一踏ん張りしてみよう。彼女のニュース、そしてその揺るぎない信念に触れて、改めてそう自分に言い聞かせました。
​幸せを願う、一人の「同級生」として
​小泉今日子さんは、デビュー以来、時代ごとに新しい女性像を提示してくれました。その自由で自立した生き方は、多くの人にとっての希望です。
​彼女が休養の先に何を見つけるのかは分かりません。何であれ、同じ時代を懸命に生きてきた仲間として、私は彼女の幸せを心から願っています。
​一旦休んで、また新しいスタートを切る。その姿勢に勇気をもらいながら、私も私の場所で、一歩ずつ歩みを進めていきたいと思います。