先日、世界を震撼させたクルーズ船でのハンターウイルスのアウトブレイクが、ようやく収束へと向かいました。
​今回の問題は、特定のクルーズ船内でハンターウイルスの感染者が確認されたことから始まりました。本来、ハンターウイルスはネズミなどのげっ歯類を媒介して感染するものであり、限られた空間である船内での発生は大きな緊張感を呼びました。乗客・乗務員の隔離や徹底した消毒作業が行われ、段階的に下船が進められました。最終的に世界保健機関(WHO)は、迅速な封じ込めと適切な防疫措置により、今後はこれ以上の感染拡大の恐れはないという見解を発表するに至りました。大きな被害に拡大する前に食い止められたことは、本当に不幸中の幸いでした。
​このニュースに触れた時、私はあの「コロナ禍」の記憶が鮮明によみがえり、胸が締め付けられるような思いがしました。
​当時、私が経営していた会社では、多くの高齢者や障害者の方々をお預かりする施設を管理していました。日本国内でコロナの感染が見られ始めてから、わずか数週間後のことです。私たちの施設でも利用者の感染が発覚し、緊急入院される事態となりました。
​施設内をすぐにでも除菌しなければいけないと考え、保健所に相談をしましたが、当時は保健所も未曾有の事態に混乱しており、どのような対応を取るべきか明確な指示を出せない状況でした。「自分の施設は、自分たちの手で守るしかない」
​そう覚悟を決めた私は、自らWHOのガイドラインなどを確認し、コロナ除菌に有効な薬剤や専用の機械を急遽発注しました。頭を覆う帽子、医療用マスク、厳重な防護服、そして靴カバーにいたるまで、完璧な装備を揃えて決死の覚悟で除菌作業に当たりました。
​この経験を機に、私たちは除菌機材を最新のものへとパワーアップさせ、本格的な除菌事業へと乗り出しました。医療機関、保育園、幼稚園、雑居ビル、さらには車両オークション会場など、大規模な除菌要請がコロナの感染拡大とともに雪崩のように押し寄せてきました。
​周囲を見渡すと、一般的な清掃業の延長線上にあるような、お世辞にも万全とは言えない軽装備で作業を行う業者も少なくありませんでした。その中で、私たちの徹底した防護装備と専門的なノウハウは群を抜いており、学校などからも定期的な除菌の依頼が次々と舞い込むようになりました。
​しかし、この事業はコロナの収束とともに、文字通りピタッと止まりました。まさに2年間の嵐のような日々でした。
​今では多くの人が忘れかけているかもしれませんが、当時は飲食店が夜間営業を停止し、人々は出勤を控えて在宅ワークに切り替え、食事は宅配が主流となりました。繁華街からは人影が消え、移動は電車から自家用車へと変わり、宿泊業や観光業は壊滅的な打撃を受けました。
​パンデミックの最中には様々な政府の補助金や融資が出たため、多くの企業が一時的に延命できましたが、その後に待っていたのはゼロゼロ融資などの返済という現実でした。コロナ禍が明けた後、返済に耐えきれず倒産していく会社を、私はいくつも目の当たりにしました。
​経営者として、店舗を閉めれば売上は途絶える。しかし店を開けていても客は来ない。それでもスタッフの給料は払わなければならない。あの時の、身を削るようなプレッシャーと選択を、今回のハンターウイルスのニュースは手にとるように思い出させたのです。
​社会が混乱する中で、たまたま「除菌」という仕事に命がけで、真剣に取り組んだからこそ、結果として私の会社は守られました。それが経営として本当に良かったのか悪かったのか、今でも答えはわかりません。ただ、必死に生き残るための闘いだったことは確かです。
​もし今回、ハンターウイルスが当時のコロナと同じように猛威を振るっていたら、と思うと目眩がします。今の私は全盲となり、かつてのように現場の指揮官として最前線に立って仲間を引っ張ることはできません。だからこそ、問題が大きくなる前に事態が収束してくれたことに、心から安堵しています。
​平穏な日常のありがたさを噛みしめると同時に、あの激動の時代を戦い抜いた記憶は、今も私の中に深く刻まれています。