​米大手AI開発企業Anthropicの元研究者ジェイコブ・コックソン氏が社を辞職し、「主要企業は人命を賭けにして自己改善型の超知能開発へと暴走している」と重大な警鐘を鳴らしました。かつて広島や長崎に投下された原子爆弾のように、一度解き放たれれば不可逆的で壊滅的な破壊をもたらす危険性を、最前線の開発者自身が指摘しているのです。核兵器であれば管理や不拡散の方策が存在しますが、自己学習を重ねる高度なAIシステムを人間が真に制御し続けられる保障はありません。
​日常に目を転じれば、自動レジや配膳ロボットなどの急速な無人化が進んでいます。全盲などの視覚障害を持つ方々にとっては、人の手助けやコミュニケーションという「配慮」が削ぎ落され、かえってお店やレストランに行けなくなるという生活の断絶が生じています。人が直接関与する機会を奪う進化は、真の共生社会と言えるのでしょうか。
​さらに、ウクライナやロシアの戦場では、人間の判断を介さず自律的に標的を識別・攻撃する自律型ドローンが実戦投入されています。このような兵器が進化すれば、いずれ他国だけでなく開発者や我々自身にも牙をむくという懸念は決して空想ではありません。巨大データセンターが消費する莫大な電力は地球温暖化をさらに加速させ、利益を追求する企業や権力者は進化のブレーキを踏もうとしないのが現実です。
​医学やテクノロジーの進歩は病気を克服し、寿命を延ばすかもしれません。しかし、身体がガタガタになっても機械的に延命されることや、人間の働く役割や目標すら奪われた社会で生き続けることが、果して真の幸せと言えるでしょうか。「適正な年齢まで元気に動き、最期は自然に命を終えたい」という人間の本質的な願いに対し、現代の技術至上主義は逆行しているのではないかという疑問が生じます。
​利便性と引き換えに、私たちは人間らしさや互いを支え合う温もり、地球環境そのものを失いつつあるのかもしれません。巨大な資本とAIが主導する未来の先に、本当に人間を幸せにする答えはあるのでしょうか。それとも、自然と共に生きるシンプルな暮らしの中にこそ、人間本来の幸せが存在するのでしょうか。
​福祉支援団体EYESROOM(アイズルーム)としては、AIの進化が、障害や難病を抱える人々にとっても真に暮らしやすい社会の実現へとつながることを、心の底から願ってやみません。しかし、歴史が示す通り、人間は時に大きな過ちを犯す生き物です。AIが人類の未来を滅ぼすことのないよう、開発の最前線に立つ人々には、時には自らブレーキを踏み込み、安全性を第一に担保する見識と責任を持ってほしいと切に願います。