【暗闇のなかに光を灯す存在「同行援護ヘルパー」というプロフェッショナル〜全盲の私が経験した驚きの強者(つわもの)たちと、支え合う社会への願い〜】

      

【暗闇のなかに光を灯す存在「同行援護ヘルパー」というプロフェッショナル〜全盲の私が経験した驚きの強者(つわもの)たちと、支え合う社会への願い〜】

男性の視覚障害者が、ガイドヘルパーと電車に乗車し、移動する画像です。

本日、定期診断のために病院へ行ってきました。
​私は白杖(はくじょう)を振って、自宅から病院まで一人で歩いて行くことができます。しかし、今回訪れたような総合病院となると、受付で毎回必ず直面する大きな壁があります。それが「問診票の記入」です。
​重度視覚障害者である私は、スマートフォンのAIアシスタントに紙の書類を読み込ませることで、そこに何が書かれているのか、内容を確認する段階までは自力で到達できます。しかし、自分の目で紙ベースの資料を直接見ることができない以上、そこにあるチェックボックスに正確にレ点を入れたり、指定された枠内に文字を記入したりすることは不可能です。だからこそ、こうした場では「同行援護ヘルパー」さんのサポートが絶対に欠かせません。
​また、総合病院や大学病院の院内には、当然ながらお体の弱い方がたくさんいらっしゃいます。身長180cm、体重85kgという大柄な私が、もし院内で体の小さな方やご高齢の方に少しでもぶつかってしまったら、相手を転倒させてしまい、大変な事態を招きかねません。近所のかかりつけのクリニックであれば一人でも安心して通えますが、多くの人が行き交う大きな病院へ行く際には、やはり同行援護サービスを利用するのが最も安全な選択となります
​病院への通院を控えた朝は、少し早い時間から始まります。
今回、東京からわざわざ駆けつけてくれた同行援護の方は、朝7時30分に自宅マンション前で待ち合わせをしました。出会ったその瞬間から、周囲をパッと照らすような明るい印象が心に残る方でした。
これまでにも本当にさまざまな同行援護スタッフの方々にお会いしてきましたが、今回、私はまた新たな「強者(つわもの)」に出会ってしまいました。
​そのヘルパーさんにお仕事の話を伺って驚きました。ここ最近だけでも、ヘルパーの業務として、なんと2泊3日の台湾への海外旅行をはじめ、奄美大島、京都、神戸、広島といった、宿泊を伴う同行援護をいくつも引き受けているというのです。
​依頼する側の視覚障害者の方も、交通費や宿泊費を2人分すべて負担して連れて行くわけですから、本当に経済的な余裕がある方なのだなと感心させられます。
​しかし、旅行となるとお金だけの問題ではありません。気心の知れた恋人や家族であっても、旅先での慣れない環境や疲れから、つい喧嘩をしてしまうことはよくある話です。コミュニケーション能力が相当に長けていなければ、他人と寝食を共にする宿泊旅行を成功させるのは至難の業ではないでしょうか。ただ、見方を変えれば、お互いにプロフェッショナルな他人だからこそ、心地よい一定の距離感を保つことができて、かえって上手くいくのかもしれませんね。
​気になって、労働時間のカウントはどうなっているのかを質問してみました。
すると、普段の同行援護と同じ仕組みなのだそうです。朝、現地で「おはようございます」と合流した時点から業務が始まり、宿泊先の部屋の前で「では、また明日よろしくお願いいたします」と別れるまでの時間が、そのまま勤務時間としてカウントされるのだと教えてくれました。
​それにしても、例えば朝の8時から一緒に朝食をとり、夜の8時まで共に行動するとすれば、それだけで12時間です。もし相性が良く、手のかからない視覚障害者の利用者さんであれば、旅先で一緒に美味しいものを食べ、美しい景色を眺め、その上で観光まで満喫できるのですから、非常に魅力的な仕事のようにも思えます。
​まあ、実際には目の見えない人間を心から楽しませるということは、想像以上に大変なことです。相手に対する細やかな気遣いはもちろん、事前に移動経路を徹底的に調査したり、立ち寄る予定の店舗のバリアフリー情報を頭に叩き込んだりと、事前の準備や勉強には並々ならぬ努力が必要とされるはずです。決して楽な仕事ではありませんが、それでも非常にやりがいのある、素晴らしいお仕事だと感じます。
​今回のヘルパーさんは、本当に心の底から明るく、エネルギーに満ちあふれた方でした。だからこそ、利用者さん側も「この人と一緒に旅行に行きたい」と心から望み、誘うのでしょう。
​そのヘルパーさんは「今度、同行援護の再研修を受けて、さらにガイドの質を磨き上げたいんです」と生き生きと語っていました。その向上心には頭が下がります。
​一方で、同じ同行援護のヘルパーさんであっても、真面目すぎるのか、あるいは少し元気が不足しているのかは分かりませんが、極端に口数が少なく、今自分がどこを歩いているのかさえ全く説明してくれないような方も中にはいらっしゃいます。
周囲の状況をある程度細かく言葉で説明してもらわなければ、全盲の私たちにとって、暗闇の中を歩くこと自体が大きな恐怖であり、苦痛になってしまいます。
​どのような職業の世界にも、与えられた仕事をただ淡々と適当にこなすだけの人と、仕事の内容にまで深い思いを込め、自ら一歩踏み込んでプロの技術を追求するスペシャリストがいます
視覚障害者の「目の代わり」となるガイドヘルパーという仕事だからこそ、その技術と心構えには、本当に奥の深いものがあると感じます。これまでにも数々の強者ヘルパーさんたちに助けられてきましたが次は一体どのような素晴らしいプロフェッショナルが現れるのか、今から楽しみで仕方がありません。
​目が見える健常者の皆さんには、なかなかピンとこない感覚かもしれません。
しかし、私たち視覚障害者にとって、外を歩くということは「終わりのない真っ暗闇の中を歩き続けること」と同じなのです。その果てしない暗闇の中に、そっと温かい光を灯してくれる存在。それこそが、同行援護ヘルパーというお仕事の本質です。
​街中で、白杖を持った視覚障害者が、隣を歩く人の腕をそっと掴んでいたり、肩に手をかけたりしながら、息を合わせて一緒に歩いている姿を見かけることがあると思います。それこそが、同行援護ヘルパーと視覚障害者の、信頼で結ばれた美しい関係性そのものです。
もし街でそんな光景を見かけたら、どうか私のこのブログを少しだけでも思い出してください。
​私自身、全盲になったのはわずか2年前のことです。
それ以前の人生では、自分が目に見えない生活を送ることになるなんて、想像したこともありませんでした。自分が重度の障害者になる日が来るなんて、これっぽっちも思っていなかったのです。
しかし、現実として、誰の身にも明日、障害者になる可能性は等しく潜んでいます。
​人は一度、大きな障害を抱えてどん底の絶望に突き落とされると、一人では立ち上がれません。そこから視覚障害者が再び前を向き、一歩外の世界へ踏み出すためには、家族や友人の支え、そして何よりも、寄り添ってくれるガイドヘルパーさんの力が絶対に必要となります
​数ある障害の中でも、視覚障害を持つ人の割合は決して多くはありません。だからこそ、世間の理解が届きにくい部分もあります。
皆さんがお時間のある時に、こうして私のブログを読んでくださり、視覚障害者が一歩一歩進むその歩みについて、ほんの少しでも心を寄せて考えていただけましたら、これほど嬉しいことはありません。
​今日も最後までブログを読んでいただき、本当にありがとうございました。 
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