​本日の内容は、一歩間違えると女性差別と捉えられてしまうかもしれません。私の心の内にある個人的な声をそのまま綴ってしまいます。自分のことは棚に上げて、勝手な要望や主観を語っている誠に身勝手な内容ですので、どうぞ半分は冗談だと思って気楽に読み進めていただければ幸いです。
​私は小学生の時に父親が失踪し、その後は母親と3人の姉に囲まれて育ちました。私の3人の姉たちは、若い頃は基本的には綺麗な人たちでした。近所の工場に勤める男性が、3人のうちの誰でもいいから嫁に迎えたいと、わざわざケーキを持参して家に来るほどだったのです。
​私はその後、コンピューターのソフトウェア開発という真面目な仕事に携わっていたのですが、ある時ちょっとした横道に逸れるような事業を始めました。それは女子大生を中心とした「OAコンパニオン」の派遣事業です。1995年頃、パソコンが日本中に普及し始めた時代に、幕張メッセなどのイベント会場や大手家電量販店へ、徹底的にPCスキルを磨き上げた聡明で美しい女子大生を派遣するというビジネスでした。当時の会社には、若くて頭の切れる美しい女性たちが登録スタッフとして溢れていました。
​さらに、この事業とは別のところで、つくばエクスプレスの都市開発などの波に乗り、会社が想像もしていなかったほど大きな利益を上げた時期がありました。その頃は銀座や六本木へと繰り出し、選び抜かれた容姿端麗な女性たちとお酒を酌み交わす日々を送っていました。もちろんこのような派手な経験が私の人生のすべてではありませんが、ある一時期、10年間ほどの忘れられない思い出です。
​現在は重度障害者となり、当時のようなお付き合いに使う費用を捻出することもできませんし、毎日コツコツと質素な生活を送っています。しかし、過去にそうした経験をしてしまったがゆえに、人間的にはごく普通の方でも全く構わない一方で、どうしても「美人」であること、あるいは「綺麗」であることに対して、自分なりの強いこだわりが残っているのです。もしも私が過去にそれほど美しい人たちと接する機会を持たず、ごく一般的な生活を送っていたならば、このような偏った価値観は生まれなかったのかもしれません。
​ここで、今回の本題に入りたいと思います。
私の好きな芸能人、つまり私にとっての理想像は次の4人の方々です。
​石田ゆり子(56歳)
北川景子(39歳)
長澤まさみ(39歳)
新垣結衣(38歳)
​こちらの4人はそれぞれタイプが異なるかと思いますが、私の中では共通する魅力を持っています。それは、仕事に対して非常にストイックであり、なおかつ美しく、体型も美しく整えて凛とした佇まいをされている点です。これこそが、私の大好きな女性のタイプなのです。
​私は視覚障害者となり、外出する際には同行援護のヘルパーさんを利用しています。ある時、女性のヘルパーさんに冗談交じりで「美しいから人気が出るのですか」と聞いてみたことがありました。するとその方は、「みなさんは目が見えないのですから、私が綺麗かどうかは関係ないんですよ。どのように細かくサポートするか、それこそが重要であり、私たちの使命に繋がるのです」と仰っていました。
​そのヘルパーさんは、これまでに私がお会いした同行援護の方々の中で、おそらく一番綺麗な方だったのではないかと思います。「思います」としか表現できないのは、私自身、左目は失明しており、右目も五円玉の中心ほどの範囲がぼんやりと見えるだけだからです。お顔を拝見していても、白いもやの中で輪郭程度しか把握できないからです。そのため、お話しする声のトーンや全体の雰囲気、立ち居振る舞いの中から、総合的に判断して「きっと綺麗な方なのだろう」と察しているのです。
​以前、盲学校に見学へ行った際、先生から笑い話として「声の可愛い子がモテるんですよ」と言われたことがありました。それを聞いた時、私はふと考え込んでしまいました。生まれつき全盲の方の場合、たとえば「顔立ちのバランスが均等で美しい」といった、目で見える容姿に対する価値観はそもそも存在しないのだろうか、と。
私は2年前まで完全に全盲だったわけではないため、どうしても過去の記憶から「顔が美しい」といった見た目の価値観で人を判断してしまう傾向があるのかもしれません。振り返れば、以前に事業会社を経営していた時も、女性スタッフの美意識や美的なレベルは比較的高い方が多かったような気がいたします。
​このような心の内を明かしてしまうことは、普段から「誰もが個性を認め合える共生社会」を訴えている私の信念とは、全く真逆の発想のようであり、本当は良くないことだと自覚しています。ただ、人間には理想と現実がありますので、今日のお話はここで忘れていただければ幸いです。
​視覚障害を持たれている方は、本当に美人に興味がないのでしょうか。それとも、やはり人間性を何よりも重視されているのでしょうか。今度機会があれば、密かに生まれつき全盲の方にそのあたりの本音を尋ねてみたいと思っています。
​本来、私が目指しているのは共生社会の実現であり、見た目の容姿などは全く関係なく、すべての人が平等に評価される社会であるべきだと、心の底では強く思っております。本日はそんな私の綺麗ごとだけではない、人間臭い本音のお話でした。