【無意識の149キロはあり得ない。ハードウェアによる速度制限こそが悲惨な事故を防ぐ】

      

【無意識の149キロはあり得ない。ハードウェアによる速度制限こそが悲惨な事故を防ぐ】

靄のかかった海辺の砂浜に、ドイツの高級車3台が駐車している。左側がアウディ、中央がベンツ、右側がBMWの画像です。

​近年、痛ましい交通事故が後を絶ちません。今回は車の構造と安全意識、そして人間の弱さを補うハードウェアによる対策について、歴史的な事実関係を交えながら私の提言をお伝えしたいと思います
​私は現在、重度の視覚障害を抱えています。左目の光を失い失明状態となり、右目に緑内障による視野閉塞があった際、ギリギリの状態で免許の更新は乗り越えた経験があります。しかし、足に若干のしびれもあり、右目だけでは当時の更新条件をクリアしていたとはいえ、実際の運転には大きな危険が伴うと身をもって感じ、自ら進んで免許を自主返納いたしました。現在では右目もほとんど見えなくなり、もちろん運転ができるような状況ではありません。だからこそ、車の安全への意識や制度のあり方には人一倍の強い思いがあります
​今回は、自動車の構造、とりわけ昭和の時代の仕組みを正確に振り返りながら、現代の安全対策について考えてみたいと思います。
​昭和の時代、日本の自動車には独自の構造的な制限が設けられていました。いわゆる「180km/hスピードリミッター」です。これは法律による強制的な縛りではなく、昭和50年(1975年)頃に当時の国土交通省(旧運輸省)から自動車メーカー各社へ出された口頭通達をきっかけに始まった、業界の「自主規制」でした。
​国産車のメーター表示は時速180km(軽自動車は時速140km)までとされ、実際にその速度に達すると、電子制御による燃料噴射カットなどが働き、それ以上速度が上がらない仕組みになっていました。当時のメーターには一定の誤差もあり、また燃料をカットするという制御方法の特性上、ドライバーの体感としては180km/hに達する少し手前の段階から加速が鈍くなったり、リミッターが効き始めたりするような感覚を持つことも珍しくありませんでした。
​さらに、昭和49年(1974年)から昭和61年(1986年)にかけては、普通乗用車で時速約100km、軽自動車で時速約80kmを超えると「キンコン、キンコン」と速度超過を警告するチャイム音が鳴る装置の装着が、国内の保安基準として法的に義務付けられていました。
​当時、私はメーターの表示が時速280kmまであり、そうした速度警告音が一切鳴らない輸入外国車に乗っていた時期もありました。この「キンコン音」は日本独自の特殊な規定であったため、海外の自動車メーカーからの反発もあり、輸入車に対しては適用が除外(免除)されていたという法的な背景があります。その後、この警告音の義務化は日米の貿易協議などの場でも撤廃を求められ、1986年に正式に廃止されました。
​昭和の時代は、日本国内で一番早く走れる高速道路であっても最高速度は時速100kmに制限されていました。しかし現在では、新東名高速道路の一部区間などで最高速度が時速120kmまで引き上げられ、より高速での運転が容認される時代に変わっています。
​当時は、日本独自の厳しいリミッターや警告音による構造的制限があることで、世界的なモータースポーツの世界において海外の車との実力差が開いてしまうのではないかという懸念がありました。車メーカー主導による過度な安全対策が、結果として自動車産業や技術の発展を妨げるという見方も存在したのです。
​しかし、私は現在の車にこそ、ハードウェアによる新たな制御システムを導入すべきだと考えています。
​具体的には、車に「リミッターボタン」を標準装備させるという提案です。通常はこのボタンを常時ONにしておくことで、一般道や高速道路において法定速度を絶対に超過しない速度で自動的に制限がかかる構造にするのです。これにより、速度超過による悲惨な事故の可能性は確実に排除され、安全が担保できます。
もしモータースポーツへの参加やサーキット走行などでそれ以上の速度を出したい場合は、ドライバーが自らの意志でそのリミッターボタンを解除できるようにします。ただし、一般の公道でリミッターを故意に解除して事故を起こした場合には、飲酒運転と同等の極めて重い罰則(免許停止や免許取り消し)を科すという法整備をセットで行うのです。
​そうすれば、自分の意志で制限を外した者がすべての責任を負うことになり、結果として速度超過による悲惨な事故はこの世からなくなるのではないでしょうか。
​先日、れいわ新選組の山本太郎代表がスピード違反で検挙され、その後に略式起訴されて罰金9万円と90日間の運転免許停止処分を受けたという報道がありました。事件の正確な内容としては、2025年10月、大分県内の東九州自動車道において、法定速度が時速80kmの区間を、レンタカーの乗用車で時速149kmで走行し、69kmの速度超過をしていたというものです。
​山本氏は会見などで、高級車を運転中に気持ちよく走っていたら、意識もしないうちにこのような高速になっていたという趣旨の釈明をしていました。
​しかし、実際に車を運転した経験がある者からすれば、このような言い訳は完全に不自然であり、到底受け入れられるものではありません。
​時速80kmの道路を時速149kmで走っていて、その速度差や異常な加速感をまったく認識していない人間がもし本当にいるのだとすれば、そもそも無意識でそれほどの暴走をしている時点で車を運転する資格そのものがありません。当然、ある程度はスピードが出ていることを自覚していながら、政治家という立場を取り繕うために「気づかなかった」という話を後付けしているのだと思われても仕方がありません。
​こうした人間の言い訳や慢心を一切排除するためにも、ボタンひとつで強制的にリミッターを制御できる構造にすれば、一般道を異常な高速で暴走し、人身事故を引き起こすような事態はほとんどなくなります。
​人間は、鋭利な刃物を持っていれば人を刺してしまう恐れがあるからこそ、銃刀法という法律で厳しく所持や扱いが規制されています。車も同様です。どれほど高い速度が出せる性能を持っていても、それをドライバーの裁量だけに任せて野放しにしていれば、ついついスピードを出してしまうのが人間の弱さであり愚かさです
​だからこそ、この人間の弱さをハードウェアの力で強制的に補うべきではないでしょうか。
​読者の皆さんは、私のこの意見についてどう思われますでしょうか。
​本ブログの下部にある問い合わせフォームから、ぜひ率直なご意見をお寄せください。もし私のこの提案に同調し、賛同してくださる方が多いようでしたら、しかるべき政治家を通じて管轄官庁へ正式な意見書を提出させていただきたいと考えております。
​皆様からの貴重なご意見をお待ちしております。
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