2026年7月、富山県から上京して無差別殺人を実行しようとした男が、犯行に及ぶ前に殺人予備容疑で逮捕されるという極めて衝撃的な事件が発生しました。
​逮捕されたのは、富山県滑川市に住む53歳の無職、毛利勝己容疑者です。容疑者はアパートで1人暮らしをしており、自宅からナイフ1本を所持した状態で、東京行きの高速バスを片道のみ予約していました。警察への事前情報提供により、間一髪のところで犯行は未然に防がれましたが、取り調べに対する容疑者の供述は極めて歪んでおり、あまりにも身勝手なものでした。
​容疑者は「物価高による生活苦から死にたいと思い、東京で無差別殺人を起こせば射殺されるか死刑になるから死ねると思ってバスを予約した」「秋葉原の無差別殺傷事件を意識した」と供述しています。
​自分で死ぬ勇気がないからと、無関係な人々の命を奪い、国家の手によって死なせてもらおうとする。そして、過去の悲惨な大量殺傷事件を模倣し、世間に自らの存在を知らしめようとする。このような自己中心的で、他者の尊厳をこれっぽっちも省みない犯罪的な論理に対して、私は強い憤りを感じざるを得ません。
​物価高騰や貧困、生活の苦しさに直面している人は、この日本社会の中に無数に存在します。しかし、自分の苦境をすべて社会のせいにして他人をあやめようとするなど、絶対に許されることではありません。無差別殺人を犯して世間にその悪名を轟かせたところで、一体どのような価値があるというのでしょうか。
​私はこれまで約20年間にわたり、生活困窮者をはじめとする社会的弱者の方々のSOSを感知し、その救済活動に愚直に取り組んできました。もちろん、私個人ができることは決して大きなことではありません。地域包括支援センターや社会福祉協議会、あるいは地域の福祉団体などから、「助けを必要としている人がいる」との依頼が入ったとき、私はすぐさま問題の本質を抱えている現場へと足を運びました。
​そこで厳しい生活実態を確認し、命を守るために主に3つの解決策を講じて、数多くの命をつないできました。
​第1に、明日の生活もままならない生活困窮者の方に対しては、生活保護の申請手続きを親身になってお手伝いしました。
​第2に、精神的な悩みが強く、自らを追いつめてしまっている方に対しては、適切な医療を受けられるよう精神科病院を紹介しました。さらに問題が深刻で本人だけではどうにもならない場合には、医療機関に入院手続きをお願いし、私自身が実際に病院まで連れて行きました。
​第3に、生活保護や精神科の専門治療を必要としない段階の方に対しては、地域の適切な福祉サービスや相談窓口へと的確につないできました
​この3つのアプローチを実践する中で、障害や病気、あるいは深刻な生活苦から「いっそ自ら死んでしまいたい」と思い詰める方々には何度も出会ってきました。しかし、どれほど絶望の淵に立たされていても、今回のように他人の命を奪う無差別犯罪へ走ろうとする人は、誰一人としていませんでした。なぜ、人はこれほどまでに自分勝手な発想に囚われ、社会への憎悪を募らせてしまうのでしょうか。
​その根本にあるのは、自らを部屋に閉じ込め、SNSなどの仮想空間の中に引きこもって、社会への不平不満をただ垂れ流し続ける、果てしない「孤独」です。しかし、どれだけ画面の中で不満を叫んだところで、世の中は1ミリも変わりません。それどころか、自ら進んで他者との関わりを断ち切ることは、自分をさらに精神的な暗闇へと追い込み、寂しさを深める結果にしかなりません。自分の抱える問題は、自分自身がまず立ち上がり、行動を起こさなければ、誰も代わりに解決してはくれないのです。
​社会を変え、自分の人生にやりがいを取り戻すための活動は、決してお金をかけなければできないような難しいものではありません。私自身も決して裕福ではなく、ギリギリの生活を送っています。しかし、社会を変えるために、生活弱者の人たちに寄り添ってくれる温かい心を持った志ある人たちを政治家として育て、応援し、地方自治や国会へ送り出す活動に心血を注いでいます。
​選挙のポスターを貼る場所を一緒に探したり、候補者とともに駅頭に立って大声で政策を訴えたりする活動は、まったくお金にはなりません。しかし、自分が少しでも応援した人が素晴らしい政治家となり、社会のために働く姿を見るとき、心からのやりがいと生きる喜びを感じます。
​また、私は街角に立ち、日本赤十字社の献血呼びかけ活動も行っています。暑い日も寒い日も、1時間懸命に汗をかいて大声を張り上げても、耳を傾けてくれるのはほんの数人かもしれません。しかし、私のその1時間の呼びかけによって誰かが献血に応じてくれれば、怪我や病気で血液を必要としている尊い命が救われるのです。
​これらはすべて、お金を1円もかけずに今すぐ始められる社会貢献であり、社会を少しでもより良く変えていくための強力な一歩です。
​どうしても自分から何をしていいかわからないという方は、ぜひ各自治体に設置されている「ボランティアセンター」を訪ねてみてください。数百円ほどの保険登録費用を支払うだけで、誰かのために自分が役に立てる場、そして新たな仲間と出会える場が必ず見つかります。
​自分のことだけを考え、一人きりで部屋にこもっていても、世の中も自分自身も変わることはありません。私自身、重度の視覚障害を抱えています。もし私が「目が見えないから」と何も行動を起こさなければ、健常者の方々から受ける様々な恩恵や制度にただ甘え、家の中でカゴの鳥のように、ただ寂しくさえずりながら一生を終えることになっていたでしょう
​しかし、一歩を踏み出す勇気さえ持てば、たとえ目が見えなくても、足が不自由であっても、社会の一員としてしっかりと役割を持ち、社会参加することは十分に可能です。身体のハンディキャップも、経済的な困窮も、私たちが社会とつながりを持つことを拒む言い訳にはなりません。
​今回の事件のような、身勝手極まりない犯罪を引き起こす人間を一人でも少なくしたい。そのためには、社会の狭間に埋もれ、孤独を深めている人たちを包み込むような、温かい人間のぬくもりが通い合うセーフティネットを、地域社会の中に一人ずつ、一段ずつ作り上げていくことが不可欠です。
​私たちアイズルームは、まさにそのセーフティネットの確立を目指して、日々のコンサルティングや相談支援活動を続けています。
​どれだけお金がなくても、どれだけ体調が悪くても、自ら動き、社会との触れ合いを持つことで、あなたの目の前にある世界も、あなた自身の人生も必ず変わっていきます。部屋の扉を開け、他者のために一歩を踏み出す勇気を、今こそ共に持ちましょう。孤独を抱える人が一人でも減り、悲しい事件が二度と繰り返されない温かい社会を、私たちはこれからも全力で創り上げてまいります。