【万引きと高齢者への嫌がらせに走る若者たち:集団心理の暴走を今止めなければ重大犯罪へ発展する理由】
最近、非常に残念で怒りを禁じ得ない事件が起きました。東京・ 葛飾区で発生したこの事件では、 男子高校生ら4人の少年グループがスーパーでケチャップやマヨネ ーズを万引きし、 自転車で移動しながら道路上で通行人の顔や身体にそれらをすれ違 いざまにかけるという極めて悪質な嫌がらせを行いました。 被害に遭ったのは70代から80代の高齢女性らで、 被害者は10人近くに上ると報じられています。 直接叩いたり殴ったりしたわけではありませんが、 自転車で通りすがりざまに調味料をぶっかけてその反応や驚き戸惑 う表情を「面白かった」と楽しんでいたというものです。 集団で一人ひとりの弱い立場にある高齢者を狙ったその行動は、 人道的に決して許されるものではありません。
私自身、片親世帯で育ちましたが、母親から「 弱い者をいじめるな」「人の物は取るな」 と厳しく教えられて育ちました。そのため、 自分より弱い人をいじめたり万引きをしたりしたことは一度もあり ません。小学生や中学生の頃を振り返ると、 周りに万引きをする友達が何人かいた記憶もありますが、 それ自体も当然問題です。しかし今回のように、 集団で高齢者に向かってこれほど屈辱的な行動をとることは、 私には到底理解できません。 被害を受けた高齢者がどれほど強い恐怖を感じ、 戸惑ったことでしょうか。子供たちの教育、学校のあり方、 親の指導や社会全体の構造について、 根本的な問題を徹底的に分析する必要があります。
一人では決して行わないような残虐な行為であっても、 集団になることで抑止力が効かなくなる現象は、 社会心理学における「集団心理」や「責任の分散」 という研究でも明らかにされています。 周囲のノリや強い者に流されて犯罪への罪悪感が麻痺してしまうの です。集団でしか強気になれない者たちは、 一人では何もできない本当の臆病者であり、 このような邪悪なノリを放置することは非常に危険です。
このような芽を早い段階で摘まなければ、かつての「 足立区綾瀬の女子高校生監禁コンクリート詰め殺人事件」 のように、 集団で一人の女子高校生を標的にして凄惨な犯行に及ぶような大事 件へとエスカレートしてしまうリスクがあります。
では、 このような非行に走った少年たちをどのように更生させるべきなの でしょうか。 単に反省文を書かせたり説教をしたりする表面的な指導だけでは、 彼らの本質的な意識改革にはつながりません。 具体的な更生アプローチとして、 以下の取り組みを徹底する必要があります。
被害者の痛みと対峙する修復的司法の導入
単に法的な罰を与えるだけでなく、 自分たちがした行動によって高齢女性がどれほどの恐怖と屈辱を感 じたのか、被害者側の視点を疑似体験・ 理解させる教育プログラムが必要です。 他者の痛みをリアルに想像させるプロセスを経なければ、 真の反省は生まれません。
「集団」から切り離した一対一の対話と親の責任
集団心理で気が大きくなっている少年たちに対し、 まずはグループを解体し、 一対一で徹底的に向き合う必要があります。 そして親は子供を庇うのではなく、「自分の教育の問題だ」 と受け止め、 他者を傷つける行為の重大さを骨の髄まで教え込まなければなりま せん。
建設的な成功体験と奉仕活動の経験
彼らが屈辱的な嫌がらせで得ていた虚しい快楽から脱却させるため 、 地域社会での高齢者支援や社会奉仕活動への参加を義務付けるべき です。弱い者を助ける側に回り、「誰かに感謝される喜び」や「 努力して目標を達成する達成感」を知ることこそが、 健全な自尊心を育てる鍵となります。
テストの成績が良いことや他者より勝つことばかりを重視する偏っ た教育から脱却し、人は一人では生きていけないということ、 困っている人がいたら手を差し伸べるという当たり前の道徳を教え ることが不可欠です。弱い者をいじめず、 お互いに助け合って生きる共生社会の重みを教育の場に取り戻さな い限り、本当の意味でより良い社会を築くことはできません。
私自身、片親世帯で育ちましたが、母親から「
一人では決して行わないような残虐な行為であっても、
このような芽を早い段階で摘まなければ、かつての「
では、
被害者の痛みと対峙する修復的司法の導入
単に法的な罰を与えるだけでなく、
「集団」から切り離した一対一の対話と親の責任
集団心理で気が大きくなっている少年たちに対し、
建設的な成功体験と奉仕活動の経験
彼らが屈辱的な嫌がらせで得ていた虚しい快楽から脱却させるため