今週の月曜日から、原因不明の高熱に伏せています。体温は37度から39度の間を激しく行き来し、解熱剤で一時的に熱を下げては、また跳ね上がるという過酷な状況が続いています。コロナやインフルエンザの検査は陰性でしたが、体力を削り取るようなこの熱の正体はいまだに分かりません。
​予定していた仕事はなんとか全て完遂しましたが、本日は松戸市の千葉西総合病院へ向かい、精密検査を受けることにしました。体内のどこかで炎症が起きていることは間違いありません。自分の体の中で何が起きているのか、専門家の下でしっかりと突き止めてくるつもりです。
この予期せぬ闘病生活の中で、私に寄り添ってくれたのが「本」でした。千視協(千葉県視覚障害者福祉協会)から毎週届けていただいている「デイジー図書」の中に、今の私の心に深く、重く響く一冊がありました。
​写真にあるディスク、重松清さんの「カシオペアの丘で」です。
​デイジー図書とは、視覚に障害がある方や読書に困難を抱える方のためのデジタル録音図書です。専用の再生機「プレックストーク」(写真左の青い縁取りの機械)を使うことで、膨大な情報量を自由に操りながら、耳で読書を楽しむことができます。
​この「カシオペアの丘で」という作品は、単なるエンターテインメントの枠を超えた、圧倒的な熱量を持つ人間ドラマです。著者の重松清さんは、家族や教育、そして「生と死」という普遍的なテーマを、目を背けたくなるようなリアリズムと、包み込むような優しさの両面で描き出す名手ですが、本作はその最高峰と言えるでしょう。
​物語の舞台となるのは、かつて炭鉱で栄えた町にある遊園地。そこには、忘れ去られた炭鉱の歴史の闇、過去に起きた凄惨な子供の殺人事件といった、逃れられない負の遺産が刻まれています。
​登場人物たちも実に多様です。車椅子で生活を送る人々や、末期がんで死と隣り合わせに生きる人々。著者は彼らを通じて、非常に鋭い問いを私たちに投げかけます。
​人は、自らの人生の終末をどこで、誰と迎えるべきなのか。
過ちを抱えたまま、どうすれば過去と和解できるのか。
そして、本当の意味での「家族の絆」とは何なのか。
​この本には、私たちの想像を超えるほどの情報量と感情が詰まっています。炭鉱の事件から現代の医療現場まで、多面的な視点で描かれる物語は、相当な覚悟を持って読み進めなければなりません。しかし、その「気合」を込めて読んだ先には、自分自身の幸福論や死生観を根底から揺さぶられるような体験が待っています。
​読書を愛する方であれば、この作品の持つ奥深さに必ずや圧倒されるはずです。多様な価値観が交錯する中で、人が生きる意味をこれほどまでに深く考察させてくれる大作は他にありません。
​今の私のように、病の中で自分自身を見つめ直している時だからこそ、この物語の言葉一つひとつが、痛みと共に深く染み渡りました。
​今日の精密検査を前に、少しの不安はありますが、この本からもらった「人生を深く見つめる勇気」を持って、病院へ行ってきます。皆様もどうか、ご自身の体と心を大切にお過ごしください。