​2026年4月17日、テレビ朝日の『大下容子ワイド!スクランブル』に出演した脳科学者の中野信子氏が、京都府南丹市で発生した養父による男児遺体遺棄事件の報道に対し、強い口調で苦言を呈しました。
​事件の内容は、あまりにも惨く、言葉を失うものです。死体遺棄容疑で逮捕されたのは、男児の養父である安達優季容疑者。昨年12月に男児の母親と再婚し、わずか数ヶ月でこのような事態を招きました。
​中野氏は番組内で、この事件を連日報じることについて「見ている方は、このニュースを見て得られるメリットって何かしらと思ってしまう」「野次馬根性を満足させるためだけのニュース」と断じ、再婚家庭への偏見を助長するメッセージになりかねないと批判。さらに、出口が見えない報道はつらく感じると締めくくりました。
​私はこの放送をリアルタイムで見ていて、猛烈な違和感と、抑えきれない怒りがこみ上げてきました。
​脳科学という、いわば「地上の空論」を振りかざし、さも自分だけが社会を俯瞰して理解しているかのような、少しばかり頭の良い人間特有の傲慢さを感じずにはいられなかったからです。
​そもそも、世の中に関心を持つ人がいるからこそ、テレビ局はそれを話題にします。テレビは決して高貴な存在ではなく、大衆の関心に応える媒体です。その場所に出演して報酬を得ておきながら、報道自体に意味がないと否定するのは矛盾しています。
​何より許せないのは、この悲劇の背景にある人間の業や、現場の血の通った現実を無視している点です。人は突発的な怒りだけで子供の首を絞めるようなことはしません。犯人のような人間は、衝動的という言葉で片付けられる存在ではなく、常に相手を殺しかねない危うさを内包しているのです。
私も二人の子供を育て上げました。娘には決して手を上げませんでしたが、息子が間違ったことをした際には、教育の一環として手加減を十分に理解した上で、ゲンコツの一つも与えました。今の時代にはそぐわないかもしれませんが、致命傷にならないよう細心の注意を払い、親としての責任を全うしてきた自負があります。
​中野氏は「シングルマザーは再婚してはいけないというのか」と問いかけていましたが、誰もそんな極論を言っているわけではありません。しかし、連れ子に対する悲惨な事件が後を絶たない現実を見れば、子供が成人するまでは、子供を最優先に考え、慎重に慎重を期して再婚を考えるべきなのは当然のことです。
​私は、壮絶な家庭環境で育ちました。私の父は酒乱で、そのDVによって子供たちは口に出せないほど過酷な状況に置かれていました。父が失踪したとき、心から安心したことを今でも覚えています。それから母は、小学生だった私と二人の姉を育てるため、肉体労働を厭わず働き続けました。母は子供たちのことを思い、決して再婚はしませんでした。
​そうした原体験があるからこそ、私は現場で戦ってきました。二年前まで続けていたシングルマザーへの居住支援では、DV夫が留置所にいる間に緊急対応し、七人の子供を抱えた母親の引っ越しを完了させました。
​また、行政の枠組みから漏れ、行き場を失った未成年の女性たちを守るため、民間シェルターを用意し、彼女たちが20歳になるまで住居を提供し続けました。十数年前の法律では彼女たちは自分で契約ができません。行政のシェルターにも断られ、絶体絶命の状態でした。私は、万が一の時には自分が捕まる覚悟で、彼女たちのために契約を結びました。法律を守らなければならない行政が救えない命を、誰かがリスクを負って助けなければならなかったからです。
​これまでに、再犯防止のために刑務官からの依頼を受け、殺人犯とも何度も一対一で面会してきました。出所後の彼らが二度と事件を起こさないよう、自らの命を削るような気迫と気力で彼らを見守ってきました。そうして犯罪者と向き合い、泥臭い現実の中で生きてきた私からすれば、教科書を読み上げたような、きれいごとの脳科学など何の意味も持ちません。
​恵まれた環境で育ち、良い大学を出て、高額な出演料をもらってクールに社会を論じる彼女に、犯罪者の歪んだ理屈や、貧困の底で苦しむ人の本当の姿がわかるはずがありません。現場の悲惨さを知っている人間にとって、彼女の言動は血圧が200まで上がるほどの怒りを呼び起こすものです。
​もし彼女に会えるなら、20時間でも意見をぶつけたい。脳科学という机上の空論で人間を分かった気になるな、と。人間は、そんなに簡単なものではありません。人が積み上げてきた知識を記憶するのが上手いだけで、あたかも自分が真理に到達したかのように振る舞うのは、あまりにも滑稽です。
​この怒りは、しばらく収まりそうにありません。私はこれからも、空論ではなく「現場」の視点から、この不条理な社会に向き合い続けていきます。