月曜日から続いていた発熱。仕事という戦場に穴を開けるわけにはいかず、夜間クリニックでコロナとインフルエンザの検査は済ませていた。結果は共に陰性。しかし、体内のどこかで炎症の火の手が上がっていることだけは、熱の重みが告げていた。平日をなんとか気力で乗り切り、ようやく土曜日の朝、千葉西総合病院の門を叩くことができた。
​病院は、平日動けない人々で溢れかえり、何時になったら診察してもらえるかという不安が心をかすめる。全盲になる前であれば、周囲の人間模様を観察して時間を潰せただろう。あの人は自分より重症そうだ、あの人はなぜこの程度の症状で総合病院に来ているのか。背景を推察するだけでも時間は過ぎた。しかし、光を失った今の私にとって、待合室は四方八方から迫る咳き込みとうめき声が、真っ暗な世界の中で悲鳴のようにクローズアップされる場所だ。晴眼者には到底わからない、暗黒の恐怖。どこに感染源があるかもわからない不安の中、なるべく息を殺し、マスクに触れないよう細心の注意を払いながら、じっと耐えて時を待った。
​午前9時、スマホから流れるドジャース戦が私の心を救い出してくれた。大谷翔平選手が菅野投手からいきなり放ったツーベースヒット。今年のドジャースは、もう少しで8割に届こうかという驚異的な勝率を誇り、MLB全30球団の中でも唯一無二の独走を続けている。このままの快進撃が続けば、メジャー史上最高勝率を塗り替える歴史的瞬間に立ち会えるかもしれない。ラジオ解説を通じて伝わってくるその圧倒的な強さは、待合室で待っている間イヤホンに耳を傾けていた私の闘志を静かに、しかし力強く鼓舞してくれた。
​紹介状のおかげで診察はスムーズに進んだ。内科の7つの診察室のうち、1番には重鎮らしき年配の医師。対して私の担当は6番診察室、土曜日のみ外来を担当されている児島希典(こじま まれのり)先生だった。先生は東京済生会中央病院のリウマチ科で、膠原病・リウマチ診療を担当する第一人者である。
​石原さんと呼ばれ入室した私を待っていたのは、驚くべき光景だった。同行者によればかなりのイケメンだという先生だが、私にはその姿は見えない。しかし、診察と並行してカルテ内容を叩くブラインドタッチの音が、まるで高速のタイプライターのように診察室に響き渡った。そのリズム、そのスピード。一切の無駄を削ぎ落とした仕事の音が、暗闇の私に「この医師は本物だ」と直感させた。不思議なことに、何も見えない視界の中で、先生の左手薬指に光る銀色の指輪だけが、なぜか私の目に焼き付いた。本日、病院に来て唯一視認できた「光」がその指輪だったことは、何か運命的なものを感じざるを得ない。
​点滴の準備が始まると、私はかつての苦い記憶を思い出していた。糖尿病を患う私の血管は細く、脆い。先日のクリニックでは、新人の看護師に担当され、左手の内側の柔らかな部分に針を刺し、血管をぐりぐりと弄り回された挙げ句、当然のように失敗された。皮膚の下で針が彷徨うあの不快な痛み、そして逃げ場のない内出血。その失敗を尻目に、ベテランの看護師が右手に刺した瞬間の、あの吸い込まれるような正確無比な感触。プロとアマの差は、こうした現場の瞬間に残酷なほど現れる。全盲の今は刺される瞬間が見えない分、視覚的な恐怖は和らいでいるが、あの鋭い痛みと不信感だけは皮膚が鮮明に覚えているのだ。
​児島先生のインフォームド・コンセントもまた、そのベテラン看護師の手腕と同じく「キレキレ」だった。私は20代の頃、超音波診断装置やCTスキャンのソフトウェア開発を通じて、慈恵医大病院をはじめ多くのトップクラスの医師たちと交流を持ってきた。だからこそわかる。医師であっても一般人と同じで、真にできる人間は一握りだ。推定35歳という若さで、これほどまでに説明が明快で、患者の納得を引き出す仕事の工程が美しい人は稀である。見た目以上に、その治療への姿勢とプロフェッショナリズムに、私は深い感動を覚えずにはいられなかった。
​診断結果が好転していたことに安堵し、帰り道、流山のココスへ向かった。今日、同行して半日を潰してしまったサポートの方へ、心からの感謝の気持ちを伝えたかったからだ。ここは何度も家族と訪れた、思い出の詰まったレストランである。私はここで、昔から大好きなタコスサラダを注文した。パイ包みのような、お菓子のように香ばしい器の中に鮮やかなサラダが入ったあの逸品だ。そして現在は消化器系を労わっているため、明太子と貝柱の雑炊もあわせて頂いた。
​食事を楽しみながらふと、ゼロコーラが飲みたくなったが、あいにくここのドリンクバーにはなかった。かつて飲食店の経営コンサルタントとして辣腕を振るっていた頃、私はコカ・コーラ社から販促物として専用の小型冷蔵庫を頂いた。ゼロコーラの象徴である、スタイリッシュな「黒」を纏った冷蔵庫だ。トランプ大統領もゼロコーラを愛飲し、執務室には専用のボタンまであるというが、私のコンサルタントとしての戦略を練る傍らにも、常にあの黒い冷蔵庫があった。冷え切ったゼロコーラを喉に流し込み、クライアントの未来を共に描いたあの日々。私の仕事の矜持は、トランプ大統領のボタンと同じく、あの黒い冷蔵庫と共にあったのだ。
​熱は引いた。一週間ぶりに太陽の光を全身に浴びて、点字ブロックの敷かれた柏の葉公園を歩きたい。一週間前の新宿御苑、あの桜の下から始まったこの熱。大切な仕事に穴を開けず、こうして素晴らしい名医との出会いに繋がった。暗闇の中にいても、プロの仕事と人の優しさに触れるとき、私の世界には確かな希望の光が差し込むのだ。