​日本の都市の風景を形作ってきた「再開発」というビジネスモデルが、今、劇的な地殻変動を起こしています。中野サンプラザの解体・再開発凍結という衝撃的なニュースを皮切りに、新宿や名古屋といった日本を代表する大都市圏でも再開発計画の延期や見直しが相次いでいます。
​かつてのような「古いビルを壊し、巨大な超高層ビルを建てれば利益が出る」という方程式は、完全に崩壊しました。その抜本的な理由は、世界規模のインフレとそれに伴う建築費の爆発的な高騰にあります
​1. 再開発を阻む「建築費2倍」の壁とゼネコンの危機
​ここ数年で、日本の建築費は1.5倍から、地域や構造によっては2倍近くと驚異的な跳ね上がりを見せています。さらに最近では、ホルムズ海峡の封鎖リスクに端を発するエネルギー危機や、建築資材の調達難が新たな火種として加わり、コストをさらに押し上げています。
​どれほど都市部の一等地であっても、民間企業であるゼネコン(総合建設業者)が赤字を抱えてまで再開発を引き受ける理由はどこにもありません。実際、その象徴的な事例となったのが、時代の最先端を行くはずだった「麻布台ヒルズ」です。
​麻布台ヒルズの建設においては、計画の遅延や、発注時と完成時における建築費の劇的な変動により、参画した大手ゼネコンが巨額の赤字を計上することとなりました。この建設費高騰の波は凄まじく、事実上、経営譲渡や事業再編にまで追い込まれるゼネコン各社が出るほどの深刻な事態を招いています。
​また、地方や郊外都市も例外ではありません。私が拠点とする松戸市の市役所老朽化に伴う移転問題についても、移転先への移動自体はかろうじて発表されているものの、その先の明確なビジョンや周辺開発の具体策はいまだ示されていません。以前に比べて建築費が2倍に膨れ上がっている現状では、それを吸収するだけの収益を上げるビジネスモデルが、従来の自治体の延長線上では成立しなくなっているのです。
​2. 時代を見極め、構造不況を生き抜いてきた私の経験
​私は今から30年前から15年前までの間、まさに日本のインフラ整備と都市再開発の最前線に身を置いていました。茨城県に処分場、埼玉県に工場、東京都に営業支店を構え、三県をまたぐ形で再開発事業に深くコミットしていました。
​その中で、私のキャリアにおいて最後の大きな国家的大事業となったのが「つくばエクスプレス(TX)」の沿線開発です。現在でこそ人気の街として知られる「流山おおたかの森」や「柏の葉キャンパス」といったエリアの初期の再開発や基盤整備に、私は当事者として直接携わっていました。
​しかし、つくばエクスプレス沿線開発で業績のピークを迎えた後、日本は30年にわたる政治の停滞と、それに伴う公共工事の削減という「構造不況」に直面します。さらに2008年のリーマンショックが決定打となり、従来の建設・開発ビジネスは急速に衰退へと向かいました。
​私は時代の変化をいち早く察知し、再開発事業からの撤退を決断。不動産業へと舵を切り、その後、社会的なニーズの波を捉えて福祉の業界へと業態変更を繰り返してきました。この変化の歴史は、日本の人口動態と経済の縮小に合わせたサバイバルそのものでした。だからこそ、今まさに少子高齢化とインフレのダブルパンチを受けている「都市開発のあり方」そのものが、時代に試されていると痛感するのです。
​3. なぜ今、従来の再開発ができないのか
​結論から申し上げれば、都心のごく一部の超一等地(超富裕層向けインバウンド需要が見込めるエリアなど)を除き、上がリすぎた建築費を回収できるほどの収益モデルを見出すことが不可能になったからです。
​これまでの再開発は、以下のような循環で成り立っていました。
​床面積を増やして高層化する
​テナント賃料や分譲マンションの価格を高く設定する
​増えた容積で建築費を回収し、利益を出す
​しかし、建築費が2倍になった今、それを回収するためには賃料や販売価格も2倍近くに設定しなければなりませんが、少子高齢化で国内市場が縮小する日本において、それを支払えるオフィス需要や居住者は限られています。
​一方で、老朽化したビルや公共施設をそのまま放置するわけにはいきません。まちづくりとしての再開発は、防災機能の強化、公園や緑地の確保、良質な住宅やオフィスの供給など、都市中心部をプロデュースする極めて重要な「魁(さきがけ)」としての役割を持っているからです。
​4. 提言:インフレ・少子高齢化時代における「新たな都市開発」の道標
​では、以前より2倍に上がった建設費を吸収し、これからの日本で新たな都市開発を達成するためには、どのような舵取りをすべきなのでしょうか。流山おおたかの森や柏の葉キャンパスの再開発に携わった人間として、私はここに3つの抜本的な転換を提言します。
​① 「スクラップ&ビルド」から「ストック活用・高度リノベーション」への転換
​すべてを壊して更地にし、ゼロから鉄骨とコンクリートを組み上げる時代は終わりました。既存の骨組み(構造体)を活かしながら、最新の断熱性能や防災機能、デジタルインフラを組み込む「高度リノベーション」へとシフトすべきです。これにより、莫大な資材費と建設エネルギーを削減しながら、新築と同等の価値を生み出すことが可能になります。
​② 福祉・医療・コミュニティが融合した「コンパクト・スマートシティ」の実現
​これからの開発は、経済的リターン(賃料収入)だけで測るべきではありません。少子高齢化が進む日本においては、高齢者が安心して暮らせる医療・福祉の拠点と、子育て世代が職住近接で暮らせる環境を一体化させた「コンパクトな街づくり」が必要です。私が建設業から不動産、そして福祉へと歩んできた中で見えたのは、これからの都市に最も必要なのは「ハコ(建物)」ではなく、人が支え合う「仕組み(コミュニティ)」であるということです。
​③ 公民連携(PPP/PFI)の深化による「果実分け合い型」ビジネスモデル
民間ゼネコンにリスクを丸投げする発注方式はもはや通用しません。行政が土地や容積率の緩和を提供し、民間が知恵を出し、運営収益を長期的にシェアする仕組みを創る必要があります。松戸市の市役所移転のようなケースでも、単なる行政庁舎の建設にとどまらず、民間収益施設や市民スペースを高度に融合させ、50年スパンでコストを回収するような「長期持続型のグランドデザイン」が不可欠です。
​結びにかえて
​中野サンプラザの凍結や麻布台ヒルズでのゼネコンの苦闘は、過去の成功体験に対する強力なアラームです。
​しかし、これは都市の衰退を意味するものではありません。インフレと少子高齢化という現実を直視し、「量から質へ」「拡大から成熟へ」と都市開発の定義を書き換える絶好のチャンスです。かつてTX沿線で新しい街の息吹を文字通り形作ってきた一人として、私は日本の都市開発がこの試練を乗り越え、世界に誇れる「持続可能な成熟都市」へと生まれ変わることを確信していますし、その道筋をこれからも提言し続けたいと考えています。