​皆さんこんにちは、全盲の問題解決コンサルタント「アイズマン」です。
​私は昨年、2回にわたり全身麻酔による手術を受けました。
口元に麻酔をあてられ、すぐに眠りにつきました。目が覚めたときには、すでに手術は終了していました。
​しかし、2回目の手術のときに大きな体験をしました。目を覚ました際、自分の体が拘束されていたため、頭が一瞬パニックに陥ったのです。ぼーっとした意識の中で体がまったく動かず、「自分は植物人間になってしまったのではないか」という強い恐怖に襲われました。
3分ほど経つうちに、自分が手術を受けていた最中であったことを思い出し、無事に平常心を取り戻すことができました。
​もちろん、手術中の痛みや進行中の出来事についての記憶は一切ありません。まるでその時間だけが人生の記録からぽっかりと抜け落ちたような感覚でした。
​一体、全身麻酔とは体にどのような作用を及ぼしているものなのでしょうか。
今日は、そんな全身麻酔の正体について、最新の医学的知見や公的なエビデンスを踏まえて深く掘り下げて解説します。
​一、全身麻酔の医学的メカニズム:「自然な睡眠」との決定的な違い
​医療の現場では、患者の不安を和らげるために「これから眠くなりますよ」と説明されることが一般的です。しかし、医学的には「全身麻酔」と「睡眠」は全く異なる状態です。
​2010年に発表された医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(The New England Journal of Medicine)』の解説論文(Brownら)によると、全身麻酔とは「可逆的に作られた人工的な昏睡(薬物性昏睡)」と定義されています。
​自然な睡眠と全身麻酔の大きな違いには、主に以下の点があげられます。
​刺激に対する反応の有無
睡眠状態であれば、大声で名前を呼ばれたり体を揺さぶられたりすると目を覚まします。一方、全身麻酔状態では、メスで皮膚を切る、骨を削るといった強烈な侵襲(刺激)を与えても覚醒することはありません。
​脳波の波形とリズム
自然な睡眠中、脳波は浅い眠りと深い眠りを約90分周期で巡っています。これに対し、全身麻酔下では投与された薬物の濃度に応じて一定の深さに固定されます。麻酔を非常に深くすると「バースト・サプレッション」と呼ばれる、脳波が平坦になる時間と突発的な波形が交互に現れる特殊な状態や、ほぼ平坦な脳波が観察されます。
​作用の発生機序
睡眠は脳の睡眠中枢が能動的に覚醒中枢を抑え込む「自発的なスイッチの切替」です。それに対して麻酔薬は、血液を介して脳全体に届き、神経回路間の情報伝達を一斉に抑制します。
​二、全身麻酔で意識が消える仕組み:脳内ネットワークの「切断」
​麻酔がかかっている間、脳のすべての機能が停止(停電)しているわけではありません。
近年の脳科学や神経解剖学の研究により、聴覚や視覚の初歩的な信号は、麻酔下であっても脳の一次感覚野(音や光の受容部位)まで到達していることが判明しています。
​では、なぜ「意識」が失われるのでしょうか。
​脳内では、感覚情報が後方から前方へ送られる仕組み(ボトムアップ)と、予測や解釈が前方から後方へ送られる仕組み(トップダウン)が存在します。麻酔薬が作用すると、主に「前方から後方へ送られるトップダウンの情報伝達」が優先的に遮断されることがわかっています。
​つまり、各部位(部品)は機能していても、部位同士を繋ぐコミュニケーション(電話線)が切り離されることで、脳全体としての統合された意識体験が消失するのです。
​三、全身麻酔が担う4つの異なる作用
全身麻酔は単一の薬で単一の現象を引き起こしているわけではありません。医学的には、以下の4つの要素を同時にコントロールしています。
​・鎮静(意識の消失):大脳皮質などのネットワーク遮断
・健忘(記憶の抑制):海馬などを中心とする記憶形成の停止
・鎮痛(痛みの抑制):侵害刺激に対する生体反応の遮断
・筋弛緩(体の動かす能力の抑制):脊髄や神経筋接合部での刺激伝達遮断
​かつては「体が動かないこと=意識がないこと」と考えられていましたが、1993年のアンソニーらによる実験(ヤギを用いた脳と体の循環分離研究)等により、体を動かさなくさせている主たる作用部位は脳ではなく「脊髄」であることが解明されました。
​現代の手術では、安全性を高めるために複数の薬剤(全身麻酔薬、医療用麻薬などの鎮痛薬、筋弛緩薬など)を精密に組み合わせて管理を行っています。
​四、覚醒時のパニックと身体拘束の理由
​手術後に目が覚めた際、一時的に「体が動かない」「自分の置かれている状況がわからない」と感じてパニックになる現象には、医学的な理由があります。
​神経の慣性と戻り方の時間差
麻酔から覚醒する過程は、単純に薬が抜けていく往路の逆再生ではありません。脳には現在の状態を維持しようとする性質(神経の慣性)があり、覚醒時には自律的に状態を再構築します。
この際、意識の回復(鎮静薬の消失)と筋力や身体感覚の回復(筋弛緩薬などの消失)のタイミングに僅かなズレが生じることがあります。意識だけが先にハッキリしても体が思うように動かないため、強い不安や「植物状態になってしまったのではないか」という恐怖を感じやすくなります。
​術後せん妄と安全管理のための身体拘束
麻酔からの覚醒直後は、意識が鮮明になるまでの一時的な混乱状態(せん妄状態)が生じることがあります。患者が無意識のうちに体内に入っている重要な管(点滴や人工呼吸器のチューブなど)を抜いてしまったり、ベッドから転落したりする自傷・事故を防ぐため、医療現場では安全確保を目的とした一時的な身体拘束や防護処置が行われる場合があります。
​これらは麻酔が切れていく正常な経過の一環であり、数分から時間を置くことで脳内のネットワークが再接続され、意識も身体能力も元通りへと回復していきます。
​五、厚生労働省などの公的機関・エビデンスに基づく麻酔の安全性
厚生労働省の各種指針や日本麻酔科学会の安全ガイドラインにおいても、全身麻酔の管理基準は厳密に定められています。
先進国における全身麻酔そのものが直接の原因となる死亡事故の確率は、およそ100万件に25件程度(約4万件に1件)と極めて低い水準に保たれています。
手術中は麻酔科医が常時立ち会い、心電図、血圧、血中酸素飽和度、さらには脳波モニターや呼気ガス濃度などを連続的に監視することで、適切な麻酔の深さと安全性をリアルタイムで管理しています。
​結びにかえて
​現在私は60歳です。これから先、あと何回全身麻酔を伴うような大きな手術を受けることになるのだろうかと考えることがあります。
本音を言えば、できればあの手術台の上には上がりたくありません。
​皆様の中でも、全身麻酔を受けた際の体験談や、目が覚めたときのエピソード、あるいはご意見などがございましたら、ぜひブログ下部のお問い合わせフォームよりお聞かせいただけますと幸いです。
​私のブログには、日頃から次のような方々が多く訪れてくださり、たくさんの貴重なご意見をいただいております。
​・ロービジョンの視覚障害者の方々
・視覚障害者の同行援護スタッフの皆様
・障害をお持ちの方や難病患者の当事者の皆様
・障害を抱えているご家族がいらっしゃる方々
・障害者施設や高齢者施設の従事者の皆様
・安楽死推進活動に取り組まれている方々
・日赤のボランティア関係者の皆様
・骨髄移植ドナー登録関係者の皆様
・盲導犬普及の会活動関係者の皆様
​いつも温かいご支援とご意見をいただき、心より感謝申し上げます。
今回の記事が、麻酔に対する不安の解消や医学的な理解の一助となれば幸いです。