​東海テレビのニュース番組「ニュースONE」にて、34歳という若さで脳梗塞を発症した男性の壮絶な闘いと、社会復帰に向けた現実を追ったドキュメンタリーが放送されていました。
​愛知県一宮市に住む岩さん(37歳)は、3年前の34歳のとき、東京で商社マンの営業として第一線で活躍していた最中に、突然「脳幹」の脳梗塞に襲われました。脳幹は人間の生命維持をつかさどる極めて重要な部位です。彼の脳幹の約6割がダメージを受けるという非常に危険な状態であり、医師からも「最悪の事態」や「一生車いす生活」を覚悟するよう告げられるほど絶望的な状況でした。
​約1か月間もの間、意識不明の状態が続き、奇跡的に一命を取り留めたものの、目が覚めた彼を待っていたのは身体の両側に残る深刻な麻痺でした。体も口も思うように動かすことができず、当時の心境を「俺の人生はもう終わったな」と回想するほどの深い暗闇へと突き落とされたのです。
​しかし、現実に直面した彼は「やるしかない」と心を奮い立たせ、過酷極まりないリハビリを開始しました。発症から半年後には自力で最初の一歩を踏み出し、3年が経過した現在では、1人で靴を履き、自らの足で歩いて長い横断歩道を渡りきるまでに回復を遂げています。さらに、手だけで操作できる補助器具を車に取り付けて自ら運転し、週3回パソコンのタイピング訓練に通うなど、来年10月の職場復帰という目標に向かって、日々血のにじむような努力を積み重ねています。
​しかし、彼の絶え間ない歩みの前には、若さゆえの「制度の壁」という極めて理不尽な構造的問題が立ちはだかっていました。
​日本における脳梗塞の発症年齢の中央値は78歳であり、40歳未満で発症するケースは全体のわずか2パーセント程度と言われています。現在の医療・介護制度は高齢者の発症を前提に設計されており、若年層の発症をほとんど想定していません。
​公的医療保険によってリハビリを受けられる期間は、発症から180日間に限られています。その180日を超えた後の主要な受け皿となるのは「介護保険」ですが、介護保険制度に加入・利用できるのは40歳以上と定められています。当時34歳だった岩さんはこの対象から外れ、公的なサポートを受けることができませんでした。
​その結果、彼は2年以上にわたり、全額自己負担となる民間の自費リハビリステーションへ通わざるを得なくなりました。国から支給される障害年金も、週2回自費リハビリに通うだけで1か月分がすべて消えてしまうという酷な経済的負担を強いられています。社会復帰への強い意欲を持ち、自力で立ち上がろうとする若者が、制度の隙間に落ちて自らの身銭を削らざるを得ない現状には、一刻も早い制度の見直しと支援拡充が強く求められます。
​身体が思うように動かず、言葉も円滑に出てこない中で、持てるエネルギーと費用を惜しみなく投じて復帰を目指す岩さんの姿には、胸を打たれると同時に深い敬意を禁じ得ません。
​私自身もまた、視覚障害により両目の視力を失い、さらに両足に強い痺れと感覚麻痺を抱えながら日々を過ごしています。平坦な場所であれば歩くことはできても、段差や階段に差し掛かると足の感覚がないため、岩さんと同じようにいつ転倒してもおかしくない危険と常に隣り合わせです。体が不自由で言葉が出にくい彼と、目が全く見えず足の感覚が薄い私。抱えている障害の部位や症状は異なりますが、思い通りにならない身体と向き合いながら生きる過酷さにおいては、深い同調と共通点を感じずにはいられません。
​そして私と彼の最大の共通点は、「自分の力で働き、汗水を垂らして労働による対価を得たい」という執念とも言える強い意思です。
​障害を抱えて働けなくなることは、決して恥じることではありません。国や自治体の支援を受けて生活していく道も確立されており、障害年金を受け取りながら家の中で穏やかに過ごしていれば、最低限の生活を維持することは可能かもしれません。私自身、障害者になる前までに40年間という長い年月を社会の中で働き抜いてきました。年齢的にも、ここで立ち止まり、静かに過ごすという選択肢があっても誰も責めないでしょう。
​それでもなお、私は働きたいのです。
​国の支援や誰かのお世話になるだけで「生かされる」存在になるのではなく、自分の力、自分の足、自分の手、自分の思考をフルに動かし、労働を通じて社会に貢献し、その対価を得ること。それこそが、一人の人間として生きる上での本質的な喜びであり、人生における最高の誇りであると確信しているからです。
​世の中において「生かされること」と「自分の力で生きること」は、その意味が全く異なります。
​岩さんも私も、障害を抱える前の仕事の楽しさ、達成感、そして社会と繋がる素晴らしさを誰よりも深く知っていたのだと思います。心の底から仕事が好きで、働くことに深い情熱を持っていたからこそ、どれほど重いハンディキャップを背負っても「絶対に負けたくない」「もう一度現場に復帰したい」という強い情熱が湧き上がってくるのです。
​障害という大きな壁にぶつかったとしても、人生に対して折れない心を持ち続けていたい。自らの足で力強く立ち上がり、来年の職場復帰へと突き進む岩さんの勇敢な姿は、私にとっても大きな勇気であり、自らを奮い立たせる不滅の原動力です。
​過酷な現実に屈せず、自分の力を信じて挑み続ける彼の闘いを通じて、働くことの本当の意味とその尊さが、一人でも多くの読者の皆様の心に深く響くことを切に願っております。