​EYESROOM(アイズルーム)です。私たちは障害当事者の視点を大切にしながら、障害を持つ方々が地域社会でどう共生していくか、そしてそのご家族がいかに平穏な人生を守れるかを追求しています
​私は以前、多くの障害者グループホームの物件紹介や管理に携わってきました。その中で、特に重度の障害を持つお子様を抱えるご両親から、悲痛な叫びを何度も聞いてきました。
​「やっと見つかった最後の住処なのに、週末になるたびに自宅に帰される」
​一見すると、家族の絆を深めるための「外泊」に見えるかもしれません。しかし、行動障害や重い自閉症などがある場合、自宅に戻ることは家族にとって24時間見守ることを意味します。本来の休息であるはずの休日が、心身を削る時間になってしまう。この「週末帰宅」の常態化について、厚生労働省の指針を基に詳しく分析しました。
厚生労働省の指針における「建前」
まず、明確にしておかなければならない事実があります。厚生労働省の運営基準や指針において、「週末は入居者を家庭に戻さなければならない」という規定は一切存在しません。
​グループホーム(共同生活援助)は、障害者の「地域における生活の場」であり、基本的には365日24時間の居住を前提とした制度です。国が求めるのは、土日祝日であっても、入居者の支援ニーズに応じた適切な勤務体制を確保することです。つまり、制度上は「週末も施設で過ごす権利」が保障されているのです。
​なぜ「強制的な帰宅」がまかり通るのか
それにもかかわらず、なぜ多くの現場で帰宅が促されるのでしょうか。そこには、制度の歪みと運営側の都合があります。
​運営側にとって、週末や連休に手厚い人員を配置することは人件費の増大に直結します。一方で、厚生労働省は「帰宅時支援加算」という報酬を設定しています。これは本来、家族の希望による外泊を支えるためのものですが、運営側からすれば「入居者が不在でも収益が発生し、かつ人件費を削減できる」という経営上のインセンティブ(動機)になってしまっている側面があります。
​つまり、多くの現場で行われている「週末帰宅」は、国の指針ではなく、施設の「人員不足」や「運営コスト」を家族の犠牲によって補填しているのが実態なのです。
​家族にしかわからない「聖域」への介入
軽度の障害しか知らない人々や、現場の実態を知らない行政担当者は「休みの日くらい親子で過ごすのが幸せだろう」と言うかもしれません。しかし、重度障害者の対応に追われ、一睡もできない夜を過ごしてきたご家族にとって、その言葉はあまりに無責任です。
​家族が倒れてしまえば、本人の生活も成り立ちません。「家族なんだから」という精神論で、重度障害者のケアを家庭に押し戻すことは、共生社会の理念に反するものです。
EYESROOMの解析と結論
​今回の分析を通じて、グループホームが本来担うべき「家族のレスパイト(休息)機能」が、経営上の都合で軽視されている現状が浮き彫りになりました。
​結論として、現状の「週末帰宅の常態化」は制度上の義務ではなく、運営現場の限界を家族の負担で埋めている歪んだ状態です。グループホームは、障害者が家族から自立し、地域の一員として安定して暮らすための「家」でなければなりません。
​我々EYESROOMは、障害当事者が社会に溶け込んで暮らす権利を尊重します。と同時に、ご家族が介護の重圧から解放され、自分自身の人生を平穏に歩むことも同等に重要であると考えます。
​どちらか一方が犠牲になる社会は、本当の意味での共生社会とは呼べません。家族が安心して預けられ、本人が安定して過ごせる。私たちはこの「制度の建前」と「現場の冷酷な現実」のギャップを埋めるべく、これからも現場の声を発信し続けてまいります。