【《犯罪者撲滅への強い意志》弱者を守り、犯罪を作らない社会を本気で実現するために】

      

【《犯罪者撲滅への強い意志》弱者を守り、犯罪を作らない社会を本気で実現するために】

40代男性犯罪者が手錠を掛けられ、警官3名に連行されて、パトカーに乗車する前の画像です。

​日頃から私のブログを読んでくださっている皆さまには、私がなぜこれほどまでに、子ども、女性、高齢者、そして障害のある方々といった「社会的弱者」への虐待や暴力に対して激しい嫌悪感を抱いているのか、よくお分かりのことと思います。
​その根底には、私自身のあまりにも過酷な生い立ちがあります。
​私は、ひどいDV(家庭内暴力)を振るう父親のもとで育ちました。幼い頃の私は、その父親に対して「いっそ殺してしまおうか」とまで追いつめられた記憶があります。そんな狂気のような日々の中、ある日突然、父親は失踪しました。
​父親が消えた後、私は「もしまた戻ってきたら、今度こそ自分の手で母親と姉を守らなければならない」と心に誓いました。小学校の時から自分でバーベルを購入し、いつでも体の大きい父親と対峙できるよう、必死に体を鍛え始めたのです。それは幼い私の、家族を守るための必死の防衛策でした。
​結局、父親が戻ってきたのは私が40歳を過ぎてからのことでした。結果として、その時点ではかつてのわだかまりも解消されており、父親の葬儀は私が喪主を務め、執り行うこととなりました。しかし、あの幼少期に植え付けられた「暴力への恐怖と、弱者を守らなければならないという使命感」は、今も私の芯に深く刻まれています。
​現代の社会を見渡すと、あまりにも凄惨で卑劣な事件が多すぎます。
いわゆる匿名・流動型犯罪(トクリュウ)のニュースを見ていても、まだ物事の善悪が十分に判断できないような少年少女たちが、卑劣な大人の口車に騙され、強盗致傷などの重大な犯罪に手を染めています。抵抗できない高齢者や女性に暴力を振るうなど、断じてあってはならないことです。また、少年少女が集団で一人の人間に凄惨な暴力を振るう事件も後を絶ちません。
​一体、親の教育はどうなっているのでしょうか。
最低限、普通に子どもを大切にし、命の尊さを教えていれば、集団で一人の人間を暴行して命を奪うような恐ろしい子どもが育つはずがないと私は思います。私自身も子どもを育て上げました。親として決して完璧な人間ではありませんが、我が子たちは犯罪に手を染めるような怖い人間には育っていません。少なくとも、虫や動物を大切にし、決してむやみに命を奪わない優しい子どもたちに育ってくれました
​もし、今の時代において親が子どもを真っ当に教育できないのであれば、国や学校が責任を持って教育するしかありません。
​学校教育の中で、小学生の段階から徹底的に教え込むべきです。
弱い人を殴ったり蹴ったりしてはいけないこと。
抵抗しない人に対して暴力を振るうのは、人間として絶対にやってはいけない最低の行為であること。
そして、一度でも罪を犯せばどのような厳しい刑罰が待っており、後からどれほど後悔しても一生が台無しになってしまうという現実を、しっかりと知らせるべきです。
​さらに、卑劣な犯罪組織の闇についても教える必要があります。自分たちは安全な場所に隠れ、自分で手を汚さずに他人の力を使って犯罪を犯させるような組織がいかに醜く、ひどい人間たちであるか。これを子どものうちから理解させなければなりません。悪党たちに脅されたからといって、家族を守るために自分が犯罪者になってしまうような悲劇を絶対に起こしてはならないのです。
​人に対する暴力やいじめは絶対に許されません。
他人のものを奪ってまで、自分が幸せになろうなどと考えてはいけません。
​犯罪に一度でも手を染めた人間は、高確率で同じようなことを何度も繰り返します。どれだけ口先で反省したとしても、一度「犯罪による成功体験」を得てしまうと、それしかできない人間に成り下がってしまうのです。しかし、そんな成功はまやかしであり、実際には人生の破滅に向かって突き進んでいるだけです。
​だからこそ私は、小学生の段階から道徳教育を国家ぐるみできちんと指導していくべきだと強く訴えます。
​犯罪者を拒絶する。
犯罪者を作らない。
犯罪者を許さない。
​このような毅然とした社会を、私たちは作っていかなければなりません。
​私が日頃から支援を行っている、生活困窮者、高齢者、障害者といった生活弱者の方々。そして、福祉支援団体「アイズルーム」を運営する一人の人間として、私はここに「犯罪者撲滅」への強い意志を表明します。
​すべての弱者が怯えることなく、安心して暮らせる社会の実現を目指し、私はこれからも一切の妥協なく活動を続けてまいります。 
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