​医療系福祉サービスのコンサルティングを手がけるEYESROOMアイズルーム)です。
​超高齢社会を迎えた日本において、公的医療保険の財政はかつてないほど深刻な状況に直面しています国家予算を圧迫し続ける医療費問題を根本から解決するためには、日本の医療構造が抱える最大の闇である病床(ベッド)の過剰存在に真正面から切り込む必要があります。
​国際比較データに基づき、なぜ日本の病床数が問題なのか、そして病床削減が医療財政と高齢者の尊厳ある暮らしにどう影響を与えるのかを検証します。
​海外との比較で浮き彫りになる日本の病床過多
​日本の人口あたりの病床数は、OECD(経済協力開発機構)の加盟国中で群を抜いて世界最多です。
​具体的には、人口1,000人あたりの病床数は以下の通りです。
​・日本:12.6床
・OECD平均:約4.2床
・アメリカ:約2.8床
・イギリス:約2.4床
​日本はOECD平均と比較して約3倍、英米などの主要国と比較すると約4.5〜5倍の病床数を保有しています。海外の標準的な水準から見ると日本の病床数は約5倍という規模に達しています。
​さらに、患者が病院に滞在する平均在院日数においても、日本の急性期病床で約16日、病床全体では20日を超えており、欧米主要国が3日〜7日程度で退院するのと比べて極めて長い傾向があります。
​過剰な入院と不必要な医療介入がもたらす弊害
​本来であれば自宅で生活できるはずの高齢者が、病床が余っているがゆえに長期間入院させられている実態が存在します。
​高齢者が一度入院すると、活動量の低下による筋力衰え(フレイル・ロコモティブシンドローム)が急速に進行します。さらに環境の変化や身体拘束、行動制限が引き金となり、認知症の発症や進行を招くケースが後を絶ちません。結果として、病気を治すための入院が、かえって患者の QOL(生活の質)を損ない、終末期を早める原因となっています。
​また、医療行為における不必要な過剰介入も課題です。例えば点滴治療について、諸外国では経口摂取が可能な場合は飲み薬(経口薬)を選択するのが基本原則です。しかし日本では、入院管理に伴い過剰な点滴投与が行われる傾向が見られます。
​過度な延命治療や過剰な投薬・点滴は、高齢者にとって本来の自然な生全うを妨げ、不幸な時間を延ばす結果にもなりかねません。老衰という自然の秩序を受け入れ、尊厳を持って最期を迎える視点が不可欠です。
​在宅介護への移行と過剰管理からの解放
​過剰な病床を解消し、高齢者が住み慣れた家庭で過ごす在宅医療・在宅介護へとシフトすることは、高齢者自身の尊厳を取り戻すことにつながります。
​病院のような徹底した管理下に置かれるのではなく、自宅で自分の足でトイレに行き、庭に出て季節を感じる生活を送ることで、自分の責任で意思を持って行動する暮らしが維持されます。
​自立した生活動作を続けること自体がリハビリとなり、心身の機能を維持する効果をもたらします。
​病床数を1/5に再編した場合の医療費抑制効果の試算
​日本の国民医療費は年間約46兆円(令和4年度実績)に達しており、そのうち入院医療費が約17兆円と全体の約37%を占めています。
​仮に、日本の病床数を段階的に再編し、海外並みの1/5規模(欧米基準の水準)まで圧縮・適正化した場合、どのような財政効果が生まれるでしょうか。
​・現在の入院医療費:年間約17兆円
・病床削減による直接的な入院費抑制:年間約10兆〜13兆円規模の削減可能性
​入院中心の医療から、外来・在宅医療や予防医療へシフトする費用を考慮しても、国家全体で年間5兆円から10兆円規模の医療保険圧迫を解消できる計算になります。又、5兆円という数字は食品の消費税を恒久的に0%にしても補うだけの代替税源となるのです。
​これにより、若年層の社会保険料負担の軽減や、真に必要な高度先進医療への集中投資が可能となります。
​日本の未来を見据えた大改革の断行
​病床数の削減や医療構造の転換を進める過程では、病院経営の一時的な混乱や再編の痛みが伴います。しかし、本来入院する必要のない高齢者が病床を埋めている現状を放置することは、国家財政の破綻と高齢者の尊厳の喪失を同時に招くことを意味します。
​次世代に健全な日本社会を引き継ぎ、高齢者が最期まで人間らしく誇りを持って生きられる社会を実現するためには、医療財政の根本的な大改革が必要です。