【爽快なシークヮーサーと濃厚なピスタチオが織りなす至福のワッフルコーン、それはがむしゃらに駆け抜けた沖縄の記憶を呼び覚ますひととき】

      

【爽快なシークヮーサーと濃厚なピスタチオが織りなす至福のワッフルコーン、それはがむしゃらに駆け抜けた沖縄の記憶を呼び覚ますひととき】

ブルーシールアイスクリーム。ワッフルコーンの上に、シークワーサーシャーベットとアーモンドピスタチオのフレーバーが乗っている画像です。

本日は蒸し暑かったので、いつもの公園ではなく越谷レイクタウンへ行き、ウォーキングをして参りました。週末は多くの人々でごった返して混んでおりますが、平日はこの大きなショッピングモールも落ち着いており、直線コースも多くて非常に歩きやすいです。日々の健康維持に欠かせない8,000歩を歩くのにも、まさに最適な場所といえます。
​越谷レイクタウンは「風」と「森」という2つの大きなエリアに分かれています。駅から一番近い「風のエリア」の1階を歩いていると、マイピッグカフェというマイクロブタと触れ合えるカフェがありました。本当に小さな可愛い豚です。見ると、1万円から20万円という価格で売られていました。
​それにしても、豚の個体価格が1万円というのはかなり安いですが、大抵こうした価格設定には仕掛けがあるものです。私の勝手な推測ではありますが、保険代や指定のペットフード、必要な注射代など、生体そのものの値段よりも、その後に支払う諸費用のほうが往々にして高くつくことがよくあります。これは犬などでも同じで、保護犬自体の価格は安く抑えられていても、付随する諸料金が高いために、結局は通常の子犬を購入するのと変わらない総額になるケースが多く見られます。
こうした現状を目の当たりにすると、世界的な視点から見て、ペットショップという商業的な場で動物を安易に売り買いすること自体、倫理的にあまり良くないことなのだろうと考えさせられます。命の尊さやその責任について、改めて深い疑問を抱かざるを得ません。
​そんなことを考えながらウォーキングを続けていると、ある鮮やかなアイスクリーム屋さんの看板に出会いました。そこには大きな文字で「8のつく日はシングルアイスの価格でダブルになる」と書かれていました。本日が28日だったため、運よくその特別な日に巡り合えたのです。
​そのお店の名前は「ブルーシール(BLUE SEAL)」。アメリカ生まれ、沖縄育ちのアイスクリーム専門店です。沖縄の気候に合わせて作られたその味は、植物性油脂をベースに仕上げられており、さっぱりとした口溶けでありながらも、まろやかなコクがあるのが大きな特徴です。沖縄の豊かな自然や風土に育まれたこだわりのフレーバーが数多く並んでいます。
​今回、私がいただいたのは「ハッピーダブルアイス」です。
選んだフレーバーは、沖縄らしい清涼感に満ちた「シークヮーサーシャーベット」と、ナッツの香ばしさが魅力の「アーモンドピスタチオ」の2種類。
この注文の際、通常のコーンやカップではなく、追加で70円を支払い、贅沢な「ワッフルコーン」へと変更していただきました。
​手元に届いたアイスを一口含むと、まさに至福の味わいが広がりました。シークヮーサーシャーベットは、沖縄県産の果汁を使用しているだけあって、キュンと酸味がきいた非常に爽やかな仕上がりです。歩いて火照った身体に、その心地よい冷たさが染み渡ります。もう一つのアーモンドピスタチオは、ナッツの女王と呼ばれるピスタチオの濃厚な風味に、アーモンドの香ばしいクラッシュが加わり、非常にリッチで深いコクがあります。
そして、70円を追加して大正解だったワッフルコーンは、店内で焼き上げられたかのようにサクサクと香ばしく、バターのような豊かな風味がアイスの美味しさを何倍にも引き立ててくれました。爽快なシャーベットと濃厚なピスタチオ、そして香ばしいコーンが絶妙に調和する、極上のひとときでした。
​実は、この「ブルーシール」という名前とシークヮーサーの爽やかな風味は、私にとって特別な記憶の扉を開く鍵でもあります。
​かつて私は、歯科医院のコンサルティング業務のため、沖縄の安里(あさと)に6ヶ月、そして小禄(おろく)に3ヶ月の間、居を構えて住んでいました。
沖縄支店の支店長としての私の主な任務は、大きな商談を確実に成功へと導く「クロージング」でした。
日頃から懸命に現場を駆け回っている営業スタッフたちが、高額な医療システムを提案し、あと一歩で契約という瞬間に、彼らは私にこう頼るのです。「支店長、最後のクロージングお願いします。」と。
そんな時、私は支店長として営業経験と責任を胸に、歯科医院やクリニックの院長先生のもとへ赴きました。そして、システムの導入が医院の未来をいかに明るく変えるかを真摯に説き、数々の大きなクロージングを成功させてきたのです。
その仕事の規模は日本国内にとどまらず、当時は最先端のシステムを韓国の医療機関へも展開しようとしていたため、私は現地の韓国企業の役員にも就任しました。国境を越えてビジネスを動かす、まさにエネルギーに満ちあふれた時代でした。
​平日にがむしゃらに働いた分、週末の時間は何にも代えがたいご褒美でした。沖縄のどこまでも青く澄んだ海へと繰り出し、まばゆい太陽のもとでマリンスポーツを心から楽しみました。
そして、大きな契約が結実した日の夜は、共に戦った大切な営業スタッフたちを連れて、那覇の歓楽街である松山へと繰り出しました。互いの労をねぎらい、成功の喜びを分かち合いながら、文字通り朝が来るまでお酒を酌み交わしたものです。
​あの頃の私は、ただひたすらに前を向き、無我夢中で働き、無我夢中で遊んでいました。命のエネルギーをすべて仕事と情熱に注ぎ込んでいたあの輝かしい日々のなかでは、将来、自分が障害を抱える身になるなどということは、頭の片隅にさえ、ひとつもありませんでした。人生がこれほど大きく変わるとは、夢にも思わなかったのです。
​しかし、今日レイクタウンで偶然に出会ったブルーシールのアイスクリームは、あの頃の、若く、熱く、生命力に満ちていた沖縄での記憶を鮮やかに甦らせてくれました。かつて過ごした美しい海の青さ、スタッフたちと交わした熱い思い、そして松山の夜の賑わいが、シークヮーサーの爽快な風味とともに胸の奥に広がっていきました
あの激動の日々があったからこそ、今の自分がいる。そんな当時の懐かしい記憶を静かに思い起こし、歩んできた道のりを愛おしく振り返る、本当に素晴らしい機会となりました。 
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