【無理心中という名の凶行を防ぐために:死の淵から命を救ってきた現場と私の原体験が語る、真の救済への道】

      

【無理心中という名の凶行を防ぐために:死の淵から命を救ってきた現場と私の原体験が語る、真の救済への道】

40代男性犯罪者が手錠を掛けられ、警官3名に連行されて、パトカーに乗車する前の画像です。

​はじめに:相次ぐ悲劇に寄せて
​最近のニュースを見ていると、親が幼い子どもを巻き込んで自ら命を絶つという、あまりにも凄惨で胸が締め付けられるような事件が多発しています。犯行に及んでしまった本人にしか分からない、筆舌に尽くしがたい心の葛藤や苦しみがあったのかもしれません。
​しかし、私はこれまで、生活困窮者や社会的弱者と呼ばれる方々の自殺未遂の現場に立ち会い、生死の境界線にいる人たちを緊急支援してきた経験があります。その修羅場を踏んできた者として、この問題に一石を投じたいと思います。
​孤立する子どもたちへ:親がいなくても子どもは育つ
​まず強く伝えたいのは、「親がいなくても子どもは立派に育つ」ということです。
​私自身の幼少期を振り返ると、決して恵まれた環境ではありませんでした。私の父親は重度の酒乱であり、激しい家庭内暴力(DV)を振るう人でした。家族は日常的に暴力を受け、家の中では毎日のように血が流れていました。もしあのまま父親が失踪していなかったら、私は中学生になる頃には、自らの手で父親を手に掛けていたかもしれない。それほどまでに追い詰められた、過酷な日々でした。
​父親が失踪した後、母親は生活のためにがむしゃらに働き、ほとんど家にいませんでした。「学校に行きなさい」「勉強しなさい」と言われたことは一度もありません。唯一、厳しく教えられたのは「弱い者をいじめるな」「人の物を盗るな」という2点だけでした。そんな環境でしたから、小学校5年生の頃の通知表は、5段階評価でアヒル「2」ばかりだった記憶があります。
​それでも、私は生きてこれました。世間には様々な事情がありますが、たとえ児童養護施設などの公的機関に入ったとしても、精神的に追い詰められた親の元で危険に晒されるよりは、子どもにとって確実に幸せな道が開けます。
​最近の事件を思うとき、親から刃物を向けられ、あるいは首を絞められた瞬間の、子どもの恐怖や悲しみはいかばかりだったか。それを考えるだけで、胸が張り裂けそうになります。
​私自身、決して完璧な父親ではありませんでした。仕事に明け暮れ、家に帰れない日も多くありました。それでも、時間を作っては毎年のように家族でキャンプに出かけ、小さなテントの中で子どもたちとじっくりと言葉を交わしました。普段会えない時間を埋めるように、幼い頃から海外旅行にも連れて行きました。何があっても我が子を傷つけようなどという感情は微塵も湧きませんし、自分の命に代えてでも、生涯守り抜くという覚悟は今も変わりません。
​精神疾患という現実:本人の力だけでは限界がある
​もう一つの側面として、私は福祉支援の現場で、精神疾患を抱える方々の居住支援を誰よりも多く手がけてきました
部屋で暴れ、時には周囲に危害を加えるような深刻な状態にある人たちとも、正面から真剣にぶつかり合ってきました。通院を促し、それでもどうしても改善が見られない場合には、関係機関や保健所の協力を仰ぎ、法的手続きに基づく措置入院(強制入院)の手続きを取り、何人もの方を医療機関へ繋いできました。
​精神疾患が重篤化すると、本人の意志や努力だけでは、どうしようもない局面に陥ります。そのまま放置すれば、自傷行為に及んだり、他者を傷つけたりする最悪の事態を招きかねません。
​現在の精神医療において、根本的な治療法を確立することは容易ではなく、短時間の形式的な診察だけで、多量の薬物処方に頼らざるを得ない現実もあります。しかし、本当に症状が重い患者であっても、適切な医療環境で2ヶ月ほど入院生活を送り、適切な治療を受ければ、かつて普通に暮らしていた状態にまで回復するケースを私は数多く見てきました。
​もちろん、生まれつき重症の疾患を抱え、単身での生活が極めて困難な方もいらっしゃいます。そうした方々には、専門施設への入所や、定期的な訪問介護を活用し、医師の管理下で守られながら暮らす環境が必要です。
​現代の悲劇:普通の生活から転落するリスク
​しかし、今ニュースで報じられている事件の親たちの多くは、ほんの1年前まではごく普通の日常生活を送っていた方々ばかりです。
日々の生活の中で、様々な不安や問題が突発的に発生し、それが重圧となって精神的なバランスを崩してしまったのだと考えられます。
​その段階で必要なのは、一刻も早く専門の医療機関を受診し、自身の命、そして何よりも大切な家族の命を守るための防壁を作ることです。
​もし、身近にいる真面目な人が、急に会社を休むようになったり、学校に来なくなったりして家に閉じこもってしまったら、それは危険なサインです。私たちEYESROOM(アイズルーム)への相談でも構いません。まずは専門機関に SOS を出し、精神科や心療内科での適切なアプローチを受けてください。
​ただし、5分診察でマニュアル通りに対応するだけの病院では、根本的な解決には至りません。患者の痛みに本当に寄り添い、苦悩に応じた心の治療と、適正な処方をしてくれる医師を探し出すことが極めて重要です。現実には、適切なサポートを受けられず、薬の副作用や過剰摂取に苦しみながら自ら命を絶ってしまう方も少なくないからです。
​医師という職業は、学力が優秀であれば就くことができます。しかし、机上の空論だけでは、傷ついた人間の心のケアはできません。自らが本当の苦しみを知り、泥をすするような経験をしていなければ、他者の本当の辛さを理解することは不可能なのです。
​根本解決へのアプローチ:施しではなく自立の支援
​視点を変えれば、これは経済的な困窮の問題とも地続きです。富裕層や資産家が、困窮している人や路上生活者にお金を分け与えたとしても、それはその場限りの一時的な潤いに過ぎず、根本的な解決にはなりません。
​真の支援とは、生活困窮者の生活習慣を正し、健康的で規則正しい生活を送れるよう、生活の基盤を再構築することです。その上で、本人が無理なく始められる仕事から一歩を踏み出してもらう。自らの力で社会と繋がり、働く喜びや責任を持つことなしに、困窮の連鎖から這い上がることはできないからです。
​精神的に追い詰められている方も、生活に行き詰まっている方も、まずはその「根本的な原因」を見つけ出し、そこを取り除くこと。それがあって初めて、明日という未来の光が見えてくるのです。
​非常に重く、一筋縄ではいかない社会問題ではありますが、現場を見続けてきた私の使命として、これからもこの課題に向き合い続けてまいります。
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