​皆さんは「QBハウス」というヘアカットサロンをご存知でしょうか。券売機システムや10分間の短時間施術など、従来の理容業界にはなかった画期的な仕組みを導入し、日本全国、さらには 海外マーケットへと広がったヘアカット専門店です。
​QBハウスを立ち上げた創業者・小西国義氏は、50代半ばでこの革新的なビジネスモデルを着想し、1996年に1号店をオープンさせました。その後、爆発的な勢いで店舗を増やし、60代半ばとなった2006年には保有株式をオリックス系ファンドへ譲渡して経営の一線から退きました。
​実は私も同じ時代、パソコンサービスステーション(PCSS)という事業を立ち上げ、全国展開を進めながら現場でのオンサイトサポートを実行していました。もう過ぎ去った過去のことですので詳細までは触れませんが、当時はまさに波乱万丈の連続でした。その後、私の事業は「横河マルチメディア」という会社へと引き継がれました。
​QBハウスの創業期と、私が手がけたコンピューターサポート事業。手法こそ違えど、どちらも当時の市場や世の中に大きな衝撃を与えたベンチャーの挑戦であったと感じています。
​ここで少し横河マルチメディアのその後の歩みに触れると、1996年に横河電機の社内ベンチャーとして誕生した同社は、2001年にサポート事業を統合して「横河キューアンドエー」となり、2006年には「キューアンドエー株式会社」へと社名を変更して、現在も大手ICTサポート企業として発展を続けています。
​一方で、QBハウスの歩んだ道もまた、壮絶なドラマに満ちていました。
​1990年代後半の創業期、1,000円・10分という破格のサービスは業界に旋風を巻き起こしましたが、当然ながら既存業界からの強い反発や規制との戦いに見舞われました。さらに海外進出を果たした際には、ビジネスモデルを模倣した現地業者とのトラブルや裁判といった厳しい試練にも直面することになります。
​小西氏が退任した後は、経営を引き継いだ後任の社長や幹部陣が組織の近代化と海外市場での確立を推進し、2018年にはついに東証一部(現在のプライム市場)への上場を果たしました。
​事業が大きな結実を迎え、企業が株式市場で脚光を浴びていたその頃、創業者の小西氏は経営から身を引いた後、静かに熱海の海岸沿いで穏やかな日々を過ごしていました。巨大な事業をゼロから創り上げ、激動のベンチャー旋風を駆け抜けた男の、静かな後日談です。
​創業者の苦悩、挫折、そして決断。世の中に新しい価値を提示しようとする挑戦には、常に光と陰が背中合わせで存在します。
​私のPCSSもまた表舞台から姿を消すこととなりましたが、そこで得た経験と悔しさは、次の新たな挑戦への糧となりました。時代が変わり、事業の形が変わろうとも、市場に挑み続けたあの頃の熱量だけは、今も胸の中で消えることはありません。