​移動手段というものは、その時々の自分の人生や置かれた状況を映し出す鏡のようなものかもしれません。
​今から約25年前から10年ほど前、仕事が軌道に乗っていた時期、私は社用車として黒塗りの高級セダンに好んで乗っていました。
​当時印象に深かったのは、トヨタの最高峰セダンである「センチュリー」です。現行モデルの一世代前のタイプ(GZG50型と呼ばれる、V型12気筒5,000ccエンジンを搭載した歴史的な名車です)には2台乗り継ぎました。静粛性と滑らかな乗り心地は唯一無二のものでした。
​さらにその前には、その前の世代のセンチュリー(VG40型)に設定されていた稀少なリムジン仕様にも乗っていました。アメリカの高級リムジンのようなファブリック張りのルーフこそありませんでしたが、運転席と後部座席の間にはしっかりとパーテーションガラスが設置され、完全にプライベートな空間が守られる贅沢な造りでした。
​そして、最後に乗っていた黒塗りの車が「BMW 760Li」です。7シリーズの中でもロングホイールベース仕様であり、6,000ccのV型12気筒エンジンを搭載したまさに最高峰モデルでした。今から10年ほど前まで私を支えてくれた相棒です。
​当時の社用車には、専属に近い形で運転手をお願いしていました。黒塗りの車といえば、トランクに常備している鳥の羽で作られた毛バタキ(毛ばたき)が有名です。少し立ち寄るたびに、運転手がサッとボディのホコリを払って車を綺麗に保ってくれていました。社用車を自分で洗うことなど当時は一度もなく、自分で洗車をするのはプライベートで楽しんでいたスポーツタイプの車だけでした。
​過去の出来事と言ってしまえばそれまでですが、振り返れば確かに華やかな時代でした。
​しかし現在、私は重度の視覚障害を持ち、生活環境は大きく一変しました。収入面でも当時の100分の一以下と言えるほど変わり、象とアリほどの違いがあります。
​今、私が乗っている車は日産の軽自動車「デイズ」です。後部座席に乗ること、そして車体が黒塗りであること自体は偶然にも昔と変わりません。しかし、排気量は最高で6,000ccあった頃から660ccになり、車内の空気感もまったく違うものになりました。
​そして現在の私は、障害を抱えながらも自分にできる社会貢献として、献血推進ボランティアの活動に力を注いでいます。駅前などに立ち、一人でも多くの方に献血へのご理解とご協力をいただけるよう声を届ける活動です。そうした活動や福祉支援に出かける時は、車ではなくガイドヘルパーさんと一緒に電車で移動しています。かつて車移動ばかりだった頃と比べると、自分の足でしっかりと歩く時間が格段に増えました。
​先日、その軽自動車をコイン洗車場へ持っていき、水滴を拭き取る作業を手伝いました。目が不自由なため、細かい部分まで綺麗に拭き取れているかは分かりません。それでも、いつも運んでくれていることへの感謝として、自分にできる精一杯のお手伝いをさせていただきました。昔の自分からは想像もつかない姿ですが、とても温かく心地よい時間でした。
​最後に自分で車のハンドルを握ってから、あっという間に約10年が経ちました。家族からは「パパはこの10年で本当に変わったね」としみじみ言われることがあります。自分自身ではあまり大きな実感はないのですが、環境や役割は確実に変わりました。
​専属の運転手がガイドヘルパーさんになり、6,000ccの高級セダンが660ccの軽自動車や電車移動になった。けれど、誰かに支えられながら移動しているという本質や、後部座席に座っている自分の姿そのものは変わっていないのかもしれません。
​もしもあのまま黒塗りの高級車に乗り続けていたら、私の足腰はすっかり弱っていたことでしょう。今はお金こそありませんが、電車移動で地道に歩き、時間を見つけては公園や大型ショッピングモールを歩く「ウォーキング」が日課になっています。身体を動かす喜びを再発見できたことは、思わぬ収穫でした。
​今年で61歳を迎え、健康的に身体を動かせる時間はあと10年ほどかもしれません。今の仕事の先行きも決して保証されているわけではありませんが、思いついたことはその日のうちに確実に実行し、毎朝同じ時間に起きて規則正しい生活を送ることを心がけています。
​多くのスタッフに囲まれていた昔とは違い、今は限られた人数でできる範囲のことを一つひとつ確実にこなす毎日です。描く夢の規模は小さくなったかもしれませんが、今できることに全力で取り組むことで、人生はどこまでも前向きに巡っていきます。
​障害を抱えてからの人生も、決して捨てたものではありません。支えてくださる周囲の方々に感謝しながら、これからも献血推進活動や福祉ボランティアなど、今できる活動に精一杯取り組んでいきたいと思います。
​皆様の温かい応援と、尊い命を救う「献血」へのご理解・ご協力を、心よりよろしくお願いいたします。