​高校を卒業した当時、私の周りでは多くの友人たちが准看護師という職業に就いていました。ただ、単に就業するというよりは、病院で働きながら学校に通い、資格を目指すという形が一般的でした。
​仲の良かった友人も、野田市にあるキッコーマン総合病院の寮に入り、日々励んでいました。私はよくその女子寮の近くまで遊びに行き、寮の入り口や敷地で待ち合わせをしては、一緒に様々な場所へ出かけたものです。そこで友人の同僚たちにも会う機会があり、准看護師という仕事の現実や苦労、やりがいについて直接話を聞くことができました。
​当時、私は超音波診断装置(診断機)の開発に携わっていました。40年も前のことですので、当時の超音波画像はまだ白黒が当たり前の時代です。そこに色を付け、血流の動きをより分かりやすく可視化する新たなカラードップラーシステムの開発に没頭していました。医療現場の最前線で働く友人たちの姿と、自らの医療機器開発という仕事が重なり合っていた、まさに青春の1ページです。
​また同じ頃、私は野田市の体育館で行われていた社会人バドミントン団体にも所属しており、仕事が終わった後に汗を流しに野田へ頻繁に通っていました。今でも野田の街に近づき、ふっとキッコーマンの醤油の香りが漂ってくると、当時の病院の思い出や、バドミントンで汗を流した社会人時代の記憶が色鮮やかに蘇ります。
​さて、私たちが青春時代を過ごした頃には身近だった「准看護師」という制度ですが、現在はどのようになっているのでしょうか。厚生労働省の資料や公式な発表をもとに、その現状と歴史を整理してみました。
​まず結論からお伝えすると、准看護師制度は現在も廃止されておらず、法的な資格として存続しています。しかし、制度を取り巻く環境は当時から大きく変化しています。 
​准看護師制度は、戦後の深刻な看護師不足を補う目的で創設された歴史を持っています。中学校卒業後に進学できる衛生看護科や准看護師学校で2年間学び、都道府県知事の免許を受けることで、医師や看護師の指示のもとで看護業務を行うことができる仕組みでした。さらに一定の実務経験や進学課程を経ることで、国家資格である「看護師(正看護師)」を取得する道筋が用意されており、働きながらキャリアアップを目指せる効率的な制度として長く機能してきました。
​しかし近年、高度化・複雑化する現代医療への対応や、看護の質向上を図る観点から、厚生労働省や日本看護協会は看護師資格の一本化(看護教育の一元化)を推進する方針をとっています。養成校の削減や、准看護師から看護師へステップアップするための進学コース整備などが進められており、准看護師の新規養成数や全体数は減少傾向にあります。 
​一方で、地域医療や診療所、介護施設などを支える日本医師会からは、現場の人手不足を懸念して制度の継続を求める声も根強く存在しています。そのため、2026年現在においても「制度の完全な廃止」が正式決定したわけではなく、既存の資格が失効することもありません。 
​かつて私たちが若かった頃、働きながら医療の道を志した友人たちのたくましい姿は、今なお色あせることはありません。技術開発に力を注いだ日々や、コートで汗を流した野田の風景とともに、日本の医療を支え続けてきた准看護師という制度の歴史に、改めて思いを馳せています。