【暴力と更生、その狭間で身銭を切る覚悟――「住まい」の支援が防ぐ社会の崩壊】

      

【暴力と更生、その狭間で身銭を切る覚悟――「住まい」の支援が防ぐ社会の崩壊】

モラージュ柏内にある、スーパーヤオコー、パンコーナーで見付けた可愛らしい「パン屋のお弁当」という商品画像です。

昨日夕食を買おうと仕事からの帰り道、柏のスーパーヤオコーに立ち寄ったところ、スーパー内にあったパン屋さんにひときわ目を引く可愛らしいパンのセットがありました。(添付写真です。)「パン屋のお弁当」こんなタイトルで売られていました。還暦になった私の体にはこの程度の量で 十分お腹がいっぱいになります。様々な具材の入ったパンが入っていてとても美味しく 400円でした。 ​
そして今日のBlogの内容は、生活弱者・貧困生活者への住宅供給支援という話題となります。
居住支援という仕事は、決して綺麗事では済みません。かつて私が晴眼者として現場の第一線で活動していた頃、支援の対象は多岐にわたりましたが、中には社会から「凶悪」と峻別される方々もいました。
​ある日、一人の老人が事務所を訪ねてきました。ヤクザの抗争相手を殺めて、長年の服役を終えて出てきたばかりの元組員。殺人に加え、麻薬の関与という重い前科もありました。指は何本か欠落しており、まさに昔の東映映画の世界から抜け出してきたような風貌です。
更生保護の観点から刑務所出所者を支えるのも居住支援の役割ですが、これほどのリスクを背負う人物は、ほとんどの法人が受け入れを拒否します。私はまず、彼に正直な状況を尋ねました。
​最大の問題は、服役中に住民票が喪失していたことです。身分証明書もなく、通常であれば再作成は困難を極めます。しかし、彼は自ら区役所へ向かいました。後で職員から聞いた話では、老骨ながらも現役時代の凄みそのままにロビーで恫喝し、力技で住民票を即日発行させたといいます。
​無事にアパートは見つかりましたが、入居後も管理会社との金銭トラブルが発生しました。私はその都度、本人の言い分を聞きながら間に入り、納得させて収める日々を繰り返しました。
​ある朝、彼は妙に明るい表情で挨拶に来ました。直感的に「薬を再開したな」と感じた私は、あえて軽い口調で「どこで買ってんの?」と切り出しました。彼は「浅草に行けばいくらでも売ってる。見る人が見ればわかるんだよ」と笑って答えましたが、私は「もう薬はダメだ。その歳でまた刑務所に入りたくないだろう」と静かに諭しました。彼は頭をかきながら事務所を去りましたが、支援の間、少なくとも彼が再び警察の厄介になることはありませんでした。
​その後、驚いたことに彼の息子までもが覚醒剤で服役し、出所後の支援を依頼されました。親子二代にわたる負の連鎖には複雑な思いがありましたが、私は息子の住居も整えました。父親とは対照的に、息子は神経質で優しそうな人物でした。
​薬物依存からの更生は非常に厳しく、どれだけ注意を払っても約6割が再犯で刑務所に戻ってしまいます。そうなれば、残された部屋の片付けは困難を極めます。中には部屋を破壊して去る者もいます。しかし、彼らを支援に繋げた責任は私にあります。私は自らの資産を削り、現状回復の費用を負担してオーナー様に部屋を返してきました。
​なぜ、そこまでするのか。誰かが彼らの生活を守り、居場所を作らなければ、彼らは再び人を手にかけ、社会に大きな問題を発生させるからです。
​行政のケースワーカーは、土日や夜間には対応してくれません。しかし、問題が起きるのは常にその時間帯です。私は元旦を除く365日24時間体制で現場に立ち続けました。
​貧困から無銭飲食や万引きをしてしまう方、あるいは重度の発達障害があり、公園に座っているだけで「不審者がいる」と通報されてしまう青年。何も悪いことをしていなくても、警察から連絡が入れば、私はただちに「身元引受人」として現場へ駆けつけました。
​犯罪者までもを受け入れる支援は、美談などではありません。常に責任と背中合わせであり、時には自らの私財を投げ打つこともある過酷な道です。
​現在は全盲のコンサルタントとなりましたが、私は今も居住支援に携わる企業様へ具体的なアドバイスを続けています。この無償のサポートを通じ、私が過去に経験した何千人ものケーススタディを、一回り下の世代である若い優秀な経営者たちに引き継いでいます。社会の底辺で踏み止まる人々を支える情熱は、今も形を変えて生き続けています。
カテゴリー