今から5年ほど前、京都出張での出来事です。当時、京都に支店があった私は、毎月末の会議のために新幹線で向かっていました。取引先との打ち合わせを終え、居酒屋で一杯やり、二次会は祇園へ繰り出す。そんな1日の流れを思い描きながら、東京発10時の新幹線のグリーン車に乗り込みました。
​ところが、京都駅で慌てて降りた瞬間、背中に冷たい汗が流れます。携帯電話を新幹線の窓側の棚に置き忘れてしまったのです。
​緑内障により視野が欠損しているため、首を大きく振らないと周りが見えません。もし視覚障害がなければ、右側の窓枠にポツンと置かれた携帯にすぐ気づけたはずでした。
​焦ってJRに連絡すると、幸いにもその新幹線は新大阪行き。すぐに後続の電車に飛び乗り、無事に新大阪で携帯を回収することができました。もし博多行きだったら、その日のうちに博多まで追いかけなければならないところでした。ビジネスマンにとって携帯電話は命綱。これがないと仕事が完全にストップしてしまいます。
​この日を境に、私は大切なものを身の回りから絶対に離さない工夫を徹底するようになりました。
​今でも私は、どんな場所でもカバンを膝の上や肩から降ろさないようにしています。周りからは「なんでカバンを降ろさないんですか?」「誰も盗みませんよ」と言われますが、よほど注意していないと置き忘れてしまうからです。
​一番危険なのが名刺交換です。ビジネスマナーとして、いただいた名刺を名刺入れの上に載せて机の右前に置く習慣がありますが、今それをやると名刺入れごと置き忘れます。さらに、たくさんの方と名刺交換をすると、相手に自分のではなく、他の方からいただいた名刺を渡してしまう事故も起きかねません。そのため、いつも周りのスタッフに「これ、私の名刺で合ってますよね?」と確認しながら渡しています。
​また、左目は光を感じず、右目もわずかな光が入る程度のため、遮光メガネと帽子は欠かせません。これらも一度外すと、急いで立ち上がったときに忘れてしまうので、基本的に外さないスタイルを貫いています。
​視野が狭かったり、見えづらさがあったりすると、日常生活で思いもよらないトラブルが次々と起こります。
​物を落としたときは音だけが頼りです。そのため、鍵などの貴重品には必ず鈴をつけています。落とした瞬間に音が鳴れば、すぐに拾うことができるからです。
​同行援護のガイドヘルパーさんは、仕事や学校などの移動では利用制限があります。自社のスタッフが同行してくれるときは助かりますが、毎回というわけにはいきません。
​1人でクライアント先を訪問するとき、私の「1人歩きの限界スペック」は明確です。
・徒歩1キロ圏内
・曲がり角は5箇所以内
・駅から徒歩10分以内
​この条件が揃っていれば、頭の中でルートを記憶してどうにか辿り着けます。しかし、1キロを超えたり曲がり角が増えたりすると、Googleナビを使っても迷子になる確率が格段に上がります。
​そのため、遠方の場合は迷わずタクシーを利用します。ただ、タクシーも一筋縄ではいきません。ドライバーさんが目的地のすぐ前で降ろしてくれれば良いのですが、3人に1人は少しズレた場所で降ろしてしまいます。目指す物件の近くであれば、通りがかりの人に尋ねて辿り着けますが、全く違う番地や見当違いの場所に降ろされたときは、かなりヘコみますし遅刻の原因にもなります。
​間違えて人の家の敷地に入ってしまうことも日常茶飯事です。けれど、失敗しないと道は覚えられません。
​同行援護の方と一緒に歩く安心感も素晴らしいですが、こうして1人で新しい場所へ向かうのは、まるで命がけの冒険のようです。ハラハラドキドキしながらも、どこか楽しんでいる自分がいます。
​今日も通りすがりの方々に道を聞き、道に迷い、時には自分の人生にも迷いながら(笑)、いつ辿り着くかわからない人生の最終地点に向かって、一歩一歩前を向いて歩いていきたいと思います。