​栃木県上三川町の住宅で発生した強盗殺人事件は、あまりにも残虐かつ凄惨であり、日本社会に計り知れない衝撃と深い悲しみをもたらしています。この事件では、住人である69歳の女性が胸など20箇所以上もの刺し傷を負わされて殺害されたほか、異変を察知して駆けつけた長男と次男も頭部を殴られるなどして負傷しました。抵抗する力の弱い高齢者を狙ったその非道な手口は、到底言葉では言い表せない激しい怒りを禁じ得ません。
​事件の全容解明に向けた捜査が進む中、極めて深刻な事実が次々と明らかになっています。実行犯として逮捕された4人は、いずれも神奈川県相模原市や川崎市に住む16歳の現役男子高校生たちでした。さらに、彼らに現場近くから指示を出していたとみられる20代の夫婦が相次いで逮捕されましたが、その逮捕時の状況は、この犯罪が持つ異常な実態を物語っています。夫は羽田空港の国際線出発ロビーから海外へ出国しようとする寸前に確保され、妻は横浜市内のビジネスホテルで、小さな子どもと一緒にいるところを警察に身柄を確保されました。自分たちの幼い我が子をビジネスホテルに連れ回しながら、裏ではSNSを通じて他人の子どもを凶悪犯罪へと遠隔指示していたという実態は、あまりにも冷酷であり、国民に大きな衝撃を与えています。
​この事件の背景には、いま警察当局が最警戒している「匿名・流動型犯罪グループ(通称:とくりゅう)」という組織的犯罪の影が完全に浮き彫りになっています。これは特定の固定された暴力団とは異なり、主犯格が身元を隠したまま、SNSなどを介して見ず知らずの人間を繋ぎ、犯罪ごとに離合集散を繰り返す組織形態を指します。
これまでは20代から30代の若者がこうした犯罪に関与するケースが多く見られましたが、警察による匿名捜査や特殊詐欺対策が強化された結果、大人の間で騙しや強盗を実行することが困難になってきました。そこで犯罪グループが新たに目を付けたのが、まだ社会経験がなく判断力も未熟な16歳という「子ども」の世代です。
​普通の高校生がなぜ、これほどまでに酷い凶悪犯罪に加担してしまったのでしょうか。報道によると、逮捕された少年の一人は「同学年の仲間に誘われて入った」と供述しており、友人関係を通じて口コミのように犯罪への勧誘が広がっていた実態が分かっています。また、移動手段として第三者から提供されたとみられる高級外車が使われており、少年の中には無免許でこの車を運転し、神奈川から栃木の現場まで移動していた者もいたとされています。
​彼らはスマートフォンを通じて日常的に巧妙な誘導を受け、最初は軽い気持ちや小遣い稼ぎのつもりで連絡を取り合っていた可能性があります。しかし、一度個人情報や身分証の写真を相手に渡してしまうと、「家族に危害を加える」「家に行く」といった執拗な脅迫を受け、組織から抜け出せなくなる仕組みが作られています。画面越しにまるでゲームのミッションをこなすかのような感覚で指示を受け、目の前にいる人間の命の重さや犯罪の重大さに想像力が及ばないまま、凶行へ走らされてしまうのです。
​事件後、犯行グループの車に乗り遅れた少年たちが現場周辺に取り残され、ヒッチハイクを試みるなどして次々と逮捕された姿は、彼らが犯罪組織にとって完全に使い捨ての「捨て駒」として扱われていた現実を物語っています。こうした事件が起きるたび、子どもたちの親は「まさか自分の子が」と大きな衝撃と困惑に包まれており、家庭内で我が子の異変に気付くことの難しさを示しています。
​現在、学校現場でもSNSに潜む闇バイトの危険性についての指導が行われ始めていますが、犯罪手口の巧妙化のスピードに教育現場の対策が追いついていないのが現状です。このまま有効な手を打たなければ、さらに多くの若い世代が言葉巧みに誘導され、犯罪を起こしてしまいます。
​この流動的かつ巧妙な犯罪を食い止めるためには、社会全体での抜本的な対策が不可欠です。まず議論を進めるべきは、未成年であっても命を奪うような凶悪犯罪に対しては徹底的な「厳罰化」を行うことです。アメリカのように、年齢が若くとも犯した罪の重大さに応じて無期懲役までの厳しい刑罰を等しく科すような法整備の検討が必要です。「未成年だから軽い罪で済むだろう」という甘い認識が少年たちの間に少しでもあるならば、その意識を根底から覆さなければなりません。若さという理由だけで許される犯罪など存在せず、奪われた尊い命は二度と戻らないのです。
​同時に、SNSを介した犯罪防止に向けたさらなる監視体制の強化、そして学校教育におけるより実践的な情報モラル指導の徹底が求められます。しかし、それ以上に私たちが今一度見つめ直さなければならないのは、根底にある「命に対する教育」の重要性です。
​福祉支援団体EYESROOM(アイズルーム)として、私たちはこの問題を単なる治安や法律の議論だけで終わらせてはならないと考えます。私たちの社会は、人と人とが互いに助け合い,支え合いながら生きていくことで成り立っています。自分より力の弱い高齢の方々や、抵抗できない人を傷つけるような行為は、断じて容認できるものではありません。
​どれほど学校で勉強を学び、知識を身につけたとしても、人間として最も根幹にある「命の尊さ」を理解していなければ、その学びは何の意味も持ちません。家庭において、学校において、そして地域社会のあらゆる場所において、他者を思いやる道徳の基本と、命というものの絶対的な重みを子どもたちへ徹底的に伝えていく必要があります。
​二度とこのような悲劇的な事件が繰り返されないよう、社会全体で子どもたちを犯罪の魔の手から守り、命を尊ぶ心を育む社会へと変革していかなければなりません。